第12話 試される絆
森の奥、木々の隙間から微かに差し込む光が、二人の顔を照らしていた。
息を切らしながら走り続けたアイリスとルークは、小さな洞窟のような岩のくぼみに身を潜め、騎士たちの追跡から逃れていた。
「もう、大丈夫……かな?」
ルークが不安げに問いかける。アイリスは頷きながら、彼の髪を撫でた。
「しばらくは大丈夫。でも……また来るかもしれない。油断はできないわ」
ルークは黙って頷き、アイリスの肩に寄り添った。
その小さな温もりが、アイリスの胸を強く打つ。
(……この子を守るって、こんなに重たいことだったんだ)
弟を守る。そう誓ったときの気持ちに、偽りはなかった。
でも、今その現実を目の当たりにして、初めて自分がどれだけのものを背負ったのかを理解する。
「……姉ちゃん、ごめんね」
「どうして謝るの?」
「僕が竜なんかじゃなかったら、姉ちゃんが苦しまなくて済んだのに……」
そう言ったルークの声は震えていた。
その言葉を聞いて、アイリスの目に涙が滲む。
「違うの。私が苦しいのは、ルークが苦しんでるから。……あなたを守りたい。それだけなのよ」
言葉をかけながら、彼をぎゅっと抱きしめた。
そのとき――岩の隙間から、ふいに風が吹き込む。
「……誰かが来る」
アイリスが立ち上がろうとした瞬間、入口に人影が差した。
黒いローブを纏った初老の男が、静かに二人を見下ろしていた。
「……ようやく見つけた。精霊の契約者と、竜の子よ」
その声には威圧感もなく、だが不思議な重みがあった。
アイリスは即座に身構える。
「誰? あなたも、私たちを追って来たの?」
「いや……私は《観察者》。この世界の流れのひとつを、見届ける役目を負った者だ」
そう名乗った男は、岩の中にゆっくりと歩み寄ってきた。
ローブの内から、魔法の杖のようなものがちらりと見えたが、敵意は感じられない。
「君たちは、選ばれた。試練を受ける者として、泉の加護に選ばれた」
「試練……?」
「ああ。君の力は、精霊と契約することで得たものだ。しかし、対価は払われていない。……いずれ何かを差し出さねばならぬ」
男の言葉に、アイリスは唇を噛んだ。
「……ルークを、人の姿に戻した代償ってこと?」
「そうだ。契約には、必ず代償がある。君が願ったのは、彼の命と、絆だった。ならば、世界はそれを試す」
男はルークを一瞥し、静かに言った。
「その子の中には、“竜”としての本能がまだ眠っている。いずれそれが目を覚ませば、暴走するかもしれない。君はそれでも、彼を愛し、守ることができるか?」
「……当然よ。私はルークの姉だから。何があっても、離さない」
きっぱりと答えるアイリスに、男は微笑み、小さく頷いた。
「その覚悟があるのなら、泉の契約は成就するだろう。だが――そのときが来るまでは、どうか、強くあれ」
男は静かに踵を返すと、風とともに洞窟の外へと姿を消した。
「ねえちゃん……あの人、怖かったけど……なんか、嘘じゃない気がした」
「うん。きっと、全部本当のこと。……でも、大丈夫。私たちはきっと乗り越えられる。ね、ルーク?」
「うん!」
再び手を取り合いながら、ふたりは外の光を見上げた。
まだ夜は明けきらない。だが、希望の気配は――確かにあった。




