第11話 追撃
森を抜ける風が、妙に冷たかった。
泉を後にしたアイリスとルークは、落ち葉を踏みしめながら、南の渓谷を目指していた。
「足、痛くない?」
アイリスが振り返って尋ねると、ルークは恥ずかしそうに笑いながら首を振った。
「うん、大丈夫。ちゃんと歩けるよ。……でも、ちょっとだけ、疲れたかも」
「ふふ、じゃあ少しだけ休もうか。ここなら、木陰で隠れられるし」
小さな岩陰に腰を下ろし、アイリスは水袋をルークに手渡す。
ルークは素直にそれを受け取り、ゴクリと喉を鳴らした。
「おいしい……これ、泉の水?」
「うん。きっと精霊の加護が残ってるのね。冷たくて、澄んでる」
二人がほっと息をついた、そのときだった。
――ガサリ。
草の奥、遠くから足音が聞こえた。
それはひとつではなかった。重なるように、複数の気配が近づいてくる。
アイリスは即座に立ち上がった。
身体が自然に、武器を持つ体勢を取っていた。そう――何の訓練も受けたことがないはずの自分が。
(……精霊の契約。これが、力……?)
背中にある光の紋がじわりと熱を帯び、視界が冴える。
茂みの向こうに、銀の鎧を纏った騎士たちが現れた。
「アイリス・エヴァンス! その竜を引き渡せ!」
先頭の騎士が、声を張り上げた。
手には槍。腰には剣。目には容赦の色がない。
「竜じゃない……彼は、私の弟なの!」
叫びながら、アイリスはルークを背に庇うように立つ。
ルークは怯えたようにその腕を掴んだ。
「ねえちゃん、怖い人たち……」
「大丈夫、私が守るから」
アイリスの言葉に応えるように、足元の地面が微かに震えた。
土の精霊が、彼女の力に応じて応援してくれるかのように。
騎士たちは構わず前進してくる。
彼らにとって、ルークは“討伐対象の竜”。命を奪うべき存在だ。
「最後の警告だ、アイリス。王命に逆らえば、お前もただでは済まぬ!」
「それでも、私は譲らない!」
その瞬間、アイリスの身体から、淡い光が溢れた。
背中の紋章が脈動し、大地が応える。
「来ないで――!」
叫ぶと同時に、地面から蔓のようなものがうねり出し、前方の騎士の足元を掴み上げる。
驚いた彼らが態勢を崩す隙に、アイリスはルークの手を取って走り出した。
「ルーク、しっかり掴まって!」
「うん!」
二人は森の奥へと駆ける。
騎士たちの怒声と武具の音が、後ろから迫る。
逃げ場は少ない。だが、泉で交わした契約が、確かに力を与えていた。
アイリスの足は重くない。ルークの手も離れない。
どこまでも、この子と――逃げきってみせる。
それが、今の彼女の“戦い”だった。




