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醜悪令息レオンの婚約

作者: オータム
掲載日:2025/12/27

王立学園の中庭は、冬の光が白い石畳に反射し、澄んだ空気が肌を刺すように冷たかった。

その中心で、平民の少女ステラが王太子アラン・アストレアに向かって笑みを向けていた。

栗色の髪が肩で揺れ、素朴な顔立ちの中に冒険者らしい芯の強さが見える。

「アラン様、私と一緒に魔の森へ行きませんか? 二人で魔王を倒して世界を救うために、これから強くなりましょう!」

金髪を短く整えたアランは、若さゆえの自信をそのまま形にしたような表情で頷いた。

「わかった。どんな時でもお前を守るから、安心してくれ」

その瞬間、鋭い声が空気を裂いた。

「そのようなことは許さないわ!」

白銀の髪を背に流し、光を纏ったような気品を持つ少女――姉のセレスティア・フェルディナが歩み出た。

宝石のように澄んだ瞳は怒りよりも正義感の強さを宿している。

「ステラとかいう平民の娘! あなたの未熟な腕前で王太子殿下を連れて行こうなど、言語道断です! そのまま挑めば、二人とも命を落とすのが関の山でしょう! どうしてもと言うのなら――まずはこの私を倒してからにしなさい!」

その声を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。

目の前の光景が、これまで何度も見た光景と完全に一致していたからだ。


――思い出した。

ここは、俺が前世で遊んでいたシミュレーションRPG「アストレア戦記」の世界だ。

このゲームは、主人公を選ぶことで物語の視点や仲間の構成が変わるのが特徴で、ステラはその中でも王道ルートの主人公だった。

現代日本で暮らしていた前世の俺がどうなったのかは知らないが、気付けばこれまでの十数年間、アストレア戦記の世界の人間として生きていた。

それも、序盤に登場する悪役令嬢、セレスティア・フェルディナの弟として。

作中では、姉を応援して主人公たちを貶す意地の悪い貴族で、醜悪なグラフィックのキャラクターとして一瞬表示されただけだったが……。

どうしてよりによってこんなキャラクターに転生してしまったのかと、嘆いている暇はなかった。

今、目の前で始まろうとしているのは、プレイヤーに「戦略次第で能力差を覆せる」ことを教えるためのチュートリアル戦闘イベントだった。


セレスティアは、ステラが主人公のストーリーで王太子を仲間にしようとした際に立ちはだかる敵で、ゲーム序盤の圧倒的な壁として登場する。

レベルも能力も高く、スキルも破格の性能だ。

しかし、挑発に乗りやすく、詠唱の長い光線魔法に頼りすぎるため、位置取りを工夫されると簡単に崩れる。

ステラが正しい手順を踏めば、どれほどセレスティアが強くても必ず負けるように設計されていた。

つまり、ゲームではセレスティアの敗北が確定しているイベントだった。

そして敗北すれば、ステラに惹かれたアランからセレスティアは婚約破棄され、フェルディナ家は没落する。

俺はその未来を知っている。

知っているからこそ、止めなければならない。

「姉上、待ってくれ!」

駆け寄ろうとしたその瞬間――騎士科の取り巻きが俺の前に飛び出してきた。

「うわっ……来るなッ!」

「目が合った……最悪だ……!」

彼らの顔が一瞬で青ざめ、次の瞬間には怒りとも恐怖ともつかない表情に変わった。

「いや、お前ら、自分から飛び出してきてその反応ってどうなんだ……」

話しかけた瞬間、彼らの体が反射的に後ずさりする。

「しゃ、しゃべった……!?」

「相変わらず不細工で気味の悪い男だ。気が遠くなるから近づかないでくれ!」

「貴様、何を企んでいる? その顔で近づいてくるなんて、どう考えてもろくなことじゃない!」

「そうだ、絶対何か裏がある! 止まれ、今すぐ止まれ!」

俺はただ、セレスティアを止めたいだけだ。

だが、彼らは俺の言葉を聞く前に、悪意ありきで判断してくる。

「何も企んでなんかいない! 俺は姉上を止めようとしているだけだ!」

「黙れッ! 声を聞くだけで鳥肌が立つんだよ!」

「これほどまでに我々の心の平静を失わせるとは……さすが人類史上もっとも醜悪な男……!」

一人が剣の柄に手をかけた。

本気で斬りかかるつもりだ。

俺の顔を見るだけで、理性よりも本能が先に動くらしい。


こういう反応は、今に始まったことではない。

物心ついた頃から、俺はずっとこうだった。

泣き出す子ども、逃げる動物、怯える大人。

大抵の人は攻撃をしてくるか逃げるかするし、話し合いなんてしようがない。

俺が何を言っても「醜悪な外見だから」「雰囲気が不気味だから」という理由で、邪悪なことを企んでいるに違いないと決めつけられる。

この世界で生まれてからずっと、俺はそういう存在だった。

両親もセレスティアも、そして親族も、美男美女揃いの家系で、俺だけそんな異常な醜さで生まれていた。

いきなり斬りかかられてはたまらないと、黙って引き下がる。

アランとステラとその取り巻きは、セレスティアを連れて決闘演習場に向かって歩き出した。

「……レオン様、放っておいてよいのですか? 王太子殿下とセレスティア様の関係が悪くなると、フェルディナ家にもよくない影響があるのでは?」

後ろから、婚約者のシャルロッテが心配そうに声をかけてきた。

淡い茶髪を編み込み、控えめな雰囲気の令嬢だ。

こんな俺でも、侯爵家の令息なので婚約者がいる。

数え切れない相手に断られたが、姉のセレスティアが王太子殿下であるアランの婚約者となり、ようやく決まった婚約者だった。

今後勢力を増すであろうフェルディナ侯爵家と繋がりを持つための、政略的な婚約なのは間違いないが、俺には本当に嬉しい婚約だった。

セレスティアが破滅してフェルディナ侯爵家が没落すれば、俺とシャルロッテの婚約も消えるだろう。

そうなった後、俺は一生、誰にも選ばれない。

可愛い奥さんと幸せに暮らす未来が消える。

そうならないためにも――セレスティアを守り、ゲームの確定イベントを俺が変えなければいけない。

「……仕方ない。俺も行くよ」

俺はセレスティアの隣に立ち、決闘の場へと向かった。


決闘演習場は学園裏手の広い訓練場で、高低差の激しい荒れ地、草原や砂地、池や沼といった、様々な地形を組み合わせて作られている。

観客席は生徒たちでぎっしりと埋まり、期待と緊張が入り混じったざわめきが広がっている。

こちらの陣営は俺とセレスティアの二人。

対するは、ステラ、アラン、そして騎士科の取り巻き六名――合計で八人の陣営だ。

開始の合図が鳴った瞬間、セレスティアが前へ踏み出した。

白銀の髪が揺れ、杖を構える姿は凛としている。

魔導師でありながら、セレスティアは能力値の高さから、近接戦闘も強い。

魔力を纏った打撃は騎士科の生徒を吹き飛ばすほどで、十分に前衛を任せられた。

俺は後衛として距離を取り、死霊術を展開した。


死霊術はこの世界で禁忌ではないが、嫌悪されている。

腐肉や骨を操る術を好む者など、いるわけがない。

皆に嫌われる醜悪な姿でありながら、皆に嫌われる死霊術を選ぶなんて、どうかしていると思われるかもしれない。

それでも俺は、この道を選ぶしかなかった。

敵からは最優先で狙われるのはもちろんのこと、味方にすら誤射をされ、見捨てられて逃げられる、醜悪すぎる外見。

一方で死霊術で作り出した従僕は、決して俺を裏切らず、身を挺して守ってくれる。

自分の命を守るために、死霊術が必要だった。


「グール・サーヴァント」

腐肉をまとった従僕たちが地面から這い出し、俺の周囲を囲む。

「姉上、守りのために、歩調はグールたちに合わせてくれ。グール・サーヴァント!」

更に数体、グールたちが地面から這い出して、今度はセレスティアの周囲に肉の壁を形成した。

腐肉の臭いに顔をしかめ、思わず足を止める取り巻きの騎士たち。

その隙に――

「ルミナス・レイ!」

詠唱を終えたセレスティアの手元から白銀の光線が一直線に走り、取り巻き二人をまとめて吹き飛ばす。

観客席から歓声が上がった。

「く……恐ろしい魔術だ。さすがはセレスティア・フェルディナ」

「ああ……だが、まずはあの不細工を倒しておこう!」

「そうだな! 視界に入るだけで気分が悪い!」

セレスティアの強力な攻撃にも関わらず、敵の視線はやはり俺に集中した。

矢も魔法も、俺めがけて一直線に飛んでくる。

火球が唸りを上げて飛び、グールにぶつかって腐肉が飛び散る。

衝撃で砂が舞い、視界が揺れた。

「ぐっ……!」

体に痛みが走る。

グールたちの損傷からして、この程度の攻撃ならあと数発は防げそうだったが、前衛の騎士たちが無理にセレスティアをかわしてこちらに突撃してくるのが見えた。

さすがに鍛え上げた騎士の斬撃には、グールは一撃でやられてしまうだろう。

「レオンを狙うな! 相手は私よ!」

騎士たちはセレスティアの叫びを無視して横をすり抜け、俺へ一直線に迫ってくる。

やはり俺の顔を見ると、理性よりも攻撃をしたいという本能が先に動くらしい。

だが、その無視が、セレスティアにとっては好機だった。

「甘いわ!」

セレスティアは杖に魔力を纏わせ、至近距離の騎士たちの腹部に次々と叩き込んだ。

「ぐあっ……!」

更に二人に騎士が倒れ伏す。

まだ二人、俺の方に向かってくる騎士たちがいたが、こちらに到達する前にセレスティアは光の魔力を練り上げ終えた。

「ルミナス・レイ!」

白銀の光が、背後から二人の騎士を薙ぎ払った。

やはりセレスティアは強い。

これで取り巻きの騎士は全員倒した。

だが、俺の方は限界が近かった。

ステラとアランの連続攻撃に、肉の壁はほとんど残っていない。

「消えろ! 醜悪かつ邪悪な魔術師よ!」

アランが叫び、ステラと共に攻撃魔術を放つ。

再度爆炎が周囲を包み、視界が揺れ、膝が折れそうになった。

「姉上……これで俺たちの勝ちだ……!」

ステラとアランも、俺を攻撃せずにはいられなかった。

もう取り巻きの騎士たちはいない。

セレスティアの光魔法でステラたちを薙ぎ払えば、この戦いは終わる。

セレスティアの周囲にはグールの守りは無傷で残っているし、一撃で二人を葬れなくても、負ける要素はない。

「レオン!」

セレスティアが振り返り、両手を掲げた。

セレスティアが放ったのは、戦いを終わらせる攻撃魔法ではなかった。

「セイクリッド・ヒール!」

光が集まり、温かな輝きが俺を包む。

傷が癒えていく。

だが同時に、セレスティアの周囲に展開していたグールたちが光に焼かれ、霧散した。

セレスティアの回復魔法は純度が高すぎて、死霊術の産物は味方であっても、行使する際に周囲にいるだけで浄化されてしまうのだ。

守りが消えたセレスティアに、ステラとアランの魔法が直撃した。

「きゃっ……!」

セレスティアの体が砂地に倒れ込む。

起き上がり、ルミナス・レイの詠唱に入るも、肉薄したアランに切りつけられて倒れ伏す。

セレスティアの敗北が宣言され、救護隊による回復が行われた。


しばらくして目を覚ましたセレスティアを、アランが冷たい目で見降ろした。

「学園内では身分差は考えないというルールを破り、ステラを威圧した。自分より弱い者をいたぶることを楽しむ、冷酷な女だ。将来の王妃として、ふさわしくないな」

セレスティアは唇を噛み、何も言わない。

胸が締め付けられた。

「姉上は冷酷ではありません。力のない人間を守り育てようとする、とても優しい方です!」

アランが眉をひそめる。

「……何だと?」

「最後姉上は私の回復をせずに、王太子殿下に攻撃魔法を放っていれば、勝っていました。それにも関わらず、姉上はあえて私を回復し、そして敗れた。……姉上は戦略の重要性と、時に非情にならないと自分が命を落とすことを、皆さんに教えたかったのです!」

セレスティアのゲーム上の役割なので、自信を持って訴えかけることができた。

観客席がざわつく。

だが、アランの心は動かなかった。

「セレスティア、貴様との婚約は破棄する。その傲慢さ、許されるものではない」

セレスティアは静かに頭を下げた。

その直後、シャルロッテが俺の前に歩み寄る。

その表情は、どこか安堵していた。

「レオン様……フェルディナ家との繋がりは、我が家にはもう必要ありません。私もあなたとの婚約を破棄させていただきます」

「まあ、そうだよね……」

わかってはいた。

わかってはいたが、現実になるとやはり泣けてくるものがあった。

というか、涙が止まらなかった。

「レオン、ごめんなさい、私のせいで」

「姉上……今から、王太子殿下と仲直りする気はない?」

「正直、私としても難しいわね。あそこまで言われてしまうと、心を通わせ合う自信がないわ」

セレスティアは悲し気に目を伏せた。

実際、セレスティアは間違ったことを言っていたわけではない。

このチュートリアル戦闘でステラもアランもゲーム的にはレベルやスキルが成長し、魔の森での討伐で死ぬ危険は無くなる。

「まあ、それじゃあ仕方ないか……。それにしても、姉上もあの時、光線を放っていれば勝てるってわかってただろ? どうして俺を回復なんてしたんだ?」

「勝てたとは思うけど、もう一撃レオンが攻撃を受けると、治癒不能な怪我を負う可能性が高かったからね。回復魔法にだって限界はあるんだから、気をつけなさい」

「はい……」

セレスティアは、誰からも忌避される醜悪な俺にも、普通に接してくれる。

それどころか、全てを失うことになっても俺の怪我を心配してくれる、優しい姉だった。

婚約者を失ったが、セレスティアを恨む気にはなれなかった。


夜会の会場は、天井の巨大なシャンデリアが黄金色の光を放ち、磨かれた大理石の床に反射していた。

貴族たちの談笑が絶えず、香水とワインの香りが混ざり合う。

華やかな空間の中で、俺だけが場違いな影のように壁際に立っていた。

今日の目的は、新しい婚約者を探すこと。

あの決闘の後、両親にこれでもかと叱られ、何としても婚約者を探すようにと命じられた。

セレスティアが婚約破棄された以上、フェルディナ家の立場と、セレスティアを守るためにも、俺が誰かと婚約する必要がある。

……必要があるはずなのに、胸の奥は重く沈んでいた。

シャルロッテに婚約破棄された瞬間の感覚が、まだ体のどこかに残っている。

「レオン殿、ヘイトタンクとして訓練に参加しませんか?」

「魔族討伐の時のおとりが欲しくてな。どうだ?」

声をかけてくるのは、戦闘訓練の誘いばかり。

俺は笑顔を作りながら断り続けたが、心はどんどん冷えていった。

異性からの声は一つもないし、こちらから声を掛けると逃げて行ってしまう。

そろそろ帰ろうかというところで、一人の令嬢が近づいてきた。

淡い青のドレスをまとい、緊張した面持ちで言う。

「あ、あの……ダンスを……」

胸がわずかに温かくなった。

俺はそっと手を差し出す。

だが――

ぱん、と弾かれたように令嬢が後退った。

「え……? どうしたんです? 大丈夫ですか?」

近付こうとすると、令嬢は後退る。

「ご、ごめんなさい! 私、魔道具製作ではそこそこ名のある一族の者で……あなたで実験したくてダンスの申し出をしたのです。本当は近づくのが嫌で嫌で仕方なかったんですが……」

「は、はあ。つまりどういうことです?」

「先祖伝来の守護魔法が宿ったアクセサリーをつけていて、効果を調べたかったんです。今夜、あなたのおかげで精神的な苦痛にも効果を発揮するとわかりました。あなたがあまりに不細工で、近くにいると憂鬱で不快になって……それで守護魔法が守ってくれたみたいです」

周囲の貴族たちが興味津々で近づいてくる。

「まて、結論を急いではいけない。その程度で効果を発するなら、なぜオークやゴブリンと遭遇した時には奴らを弾き飛ばさなかった?」

「オークやゴブリンの方が、ご令嬢にとっては美しい存在だからでは?」

「ヘイトタンクの傍にいると危険に巻き込まれる可能性が高いから、守護魔法が遠ざけようとしてくれたのではないか?」

「何を基準に、どこまで守ってくれるんだ、このアクセサリーの守護魔法は」

令嬢は涙目で謝ってくれたが、俺は笑うこともできなかった。

さすがに心が折れて、その場を離れ、外へ出た。


夜空には星が散りばめられ、冷たい風が頬を撫でる。

静けさが胸に染みた。

どんな世界でも美しいものは好かれ、醜いものは嫌われる。

仕方のないことだが、それにしたって人間の理性を失わせるほどの醜さって何なんだ。

日常生活でも戦いでも、これだけ不便だと、もはや呪いじゃないか。

そのとき、背後から柔らかな声が届いた。

「レオン様」

振り返ると、白いドレスをまとった少女が立っていた。

長い黒髪をゆるく束ね、深紅の瞳には虚ろな光を宿している――王女エリス・アストレアだ。

月光に照らされた横顔は静かで、どこか儚げだった。

「王女殿下……」

「お兄様はあなたのお姉様……セレスティア様との実戦訓練のおかげで、魔の森の討伐で多大な成果をあげて帰ってきました」

「……そう、ですか」

「私はお兄様の婚約者として、セレスティア様がやはりふさわしいと考えます。これから協力して、あの二人をくっつけませんか? 協力していただけるなら、私にできる範囲で、財宝や地位といった報酬を授けます」

「姉上は、傷ついている様子でして……弟として、姉上に無理をさせたくはないというのが、私の気持ちです。申し訳ございません」

「お姉様と仲がよろしいのですね。では……希少スキルや秘伝の魔術を報酬とすることではいかがでしょう」

スキルや魔術は、このアストレア戦記の世界において、誰もが欲しがる貴重なものだ。

金では買えないことの方が多いし、スキルと魔術で魔族との戦いを続けることで、地位は自ずと手に入る。

王家とはいえ、ありえないくらいの破格の提案と言えた。

エリスの声は穏やかだったが、その奥にわずかな焦りのようなものが混じっていた。

兄の暴走を止めたいのか、セレスティアを救いたいのか、他に何か目的があるのか――

「スキルも魔術も財宝も地位も、この国では自分で戦って得るものですから。王女殿下たるもの、その原則を曲げてはいけません。この国で戦っても得られないのは……結婚相手くらいですかね」

エリスの考えは俺にはわからないが、やはり丁重にお断りすることにした。

「王女殿下は私の顔を見ても大丈夫なのですか? 攻撃したくなるか、逃げ出したくなるくらいの醜悪さで、オークやゴブリンの方がまだ美しいらしいですが」

「私は目が見えないので、わからないんですよ」

微笑むエリス。

アストレア戦記で、そういう設定だっただろうか。

完全にやり込んだわけではないが、特殊なイベントや設定のある人物だとは認識していなかった。

「しかし、レオン様の仰るとおりです。魔族と戦い国民を守れば、その働きに応じて報酬が与えられる……王国の一番大切な前提を覆すところでした。そして、結婚相手については戦いで望むままに得られるものでないのも、仰るとおりです。婚姻はまずは家の思惑、場合によっては当人同士の想いで決まるものですからね」

そして、彼女はまっすぐ俺に向き直った。

「レオン様が、結婚相手は望んでも手に入れられないと考えていて、かつ報酬として与えられることに抵抗が無いのであれば、協力の見返りとして、私がレオン様と婚約するのはどうでしょう。国内の安定のためには、王家と侯爵家が険悪になることを防ぐ必要があります。この報酬は一石二鳥です。我ながら素晴らしい案です」

その声は理性的で、論理的で、王女としての判断に満ちていた。

だが、ほんの一瞬だけ、言葉の端が震えたような気がした。

「……王女殿下がそこまで犠牲になる必要はありません。無理はなさらないでください」

エリスは首を横に振り、穏やかに微笑んだ。

「無事にお兄様とセレスティア様を元の鞘に納めることができれば、私たちは婚約解消になりますから、お気になさらず」

その言葉は優しく、どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

「それに、この婚約は私個人にも大きな利益があるのです。私はこういう作戦めいたことが好きで、色々と考えているのですが、これまで相談できる人がいませんでした」

「作戦、ですか……」

「レオン様は、お兄様にも私にも、何が正しいかを説いてくれました。レオン様のような方が相談相手になってくださると、とても助かるのです」

エリスは楽しそうに笑う。

「作戦の相談は、二人きりでなくてはいけません。婚約者なら、二人きりになっても、そう咎められることはないでしょう」

俺は静かに頷いた。

「そこまで考えてのことであるならば……承知いたしました」

「受け入れていただけて、大変嬉しく思います。私のことはエリスと呼んでくださいね」

どうにか、両親からの命令を果たせたらしい。

王女殿下という婚約者を探し出すことで。


学園の朝は、冬の冷気がまだ残っていた。

高い窓から差し込む柔らかな陽光が廊下の床に淡い影を落とし、静かな空気が漂っている。

そんな中、俺とエリスは並んで歩いていた。

目が見えないエリスだが、その歩みに危ない様子はなく、相変わらず穏やかな表情を浮かべている。

だが、周囲の視線は冷たかった。

「エリス様、お気の毒に……あの醜い男と婚約だなんて……」

「少し前に目が見えなくなったらしいわ。だから、押し付けられたのね……」

囁き声が背中に刺さる。

俺は胸が痛んだ。

エリスは王女だ。

本来なら、誰もが羨むような相手と婚約するはずだった。

それなのに、俺なんかと――。

「……殿下、極力形だけの婚約にして、学園では離れていましょう。迷惑はかけられません」

そう言うと、エリスは小さく首を横に振った。

その仕草は柔らかく、どこか楽しげですらあった。

「エリスですよ、レオン様。私、またいい案を考えて、それにはレオン様の協力が必要なのです」

「案……ですか?」

「お兄様とセレスティア様が一緒に過ごす時間を作り、二人に仲直りしていただきたいのですが……突然二人にデートをしてもらおうとしても、きっと聞いてもらえません」

「それはまあ、そうでしょうね」

「そこで、私たちがデートをして、それぞれ不安だからという理由でお兄様とセレスティア様に一緒に来ていただくのです。途中で私たちは二人きりで話をしたいと離れれば、お兄様とセレスティア様のお二人で過ごさざるを得ないという作戦です」

なるほど、と俺は思った。

エリスはいつも静かで落ち着いているが、こういうときだけ妙に楽しそうだ。

「エリス様と俺がデート……本当に、そんなうまくいきますかね」

「私たち二人でうまくいかせるんです。そのためには、綿密な策を練る必要があります。私はいつも考えて、考え抜いて、絶対にうまくいく状況を作るようにしています」

エリスはそう言って、俺の手を握った。

「そういうわけで、これからお昼は一緒に食事をしながら策を練りましょう。来週のデートに向けて」

こうして俺は、姉と王太子の未来を取り戻すために、盲目の王女との婚約生活を始めることになった。

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