第96話 食堂の体裁が整ってきました
試食会から数日後のこと、いよいよ看板と制服が届きます。
制服とは申しましても、おそろいのエプロンなのですけれどね。ただ、その下に着る服も、今回は新調させて頂きました。いつもの服では汚れが目立って仕方ありませんでしたからね。
その服装については、みなさんに希望を聞いた上、仕立て屋さんまで呼んでの大騒動でしたね。貴族でもない方の服を出張で採寸するなど、まずありえないことですから。
しかし、私のことをしっかりと覚えていらっしゃったようでして、納得した様子で採寸をしていかれましたね。
こういう時は公爵令嬢としての顔が役に立ってよかったと思います。……あまり利用したくはありませんでした。やむを得ずです。
制服が届いたところで着替えて頂きます。エプロンの下の服は全員ばらばらなので制服ではありませんよ。
このエプロンは、ホール用と厨房用とでは補助魔法の強さが違います。厨房では油を使いますから、その対策のために油跳ねにも耐えられる補助魔法をかけて頂きました。そのお値段、なんと一桁違います。さすが高度な魔法は違いますね。
エプロンの胸部分と左下の部分には、私たちの活動の象徴ともいうラッシュバードの刺繍が入っています。スピードとスターのそれぞれなんですよ、これが。
「いかがでしょうか、新しい服とエプロンの着心地は」
「肌触りが違いますね。よろしいのでしょうか、イリスさんならまだしも、私たちみたいな庶民にまでこのような良い服を頂いても」
「はい。私のお店の従業員たちなのです。この程度の投資を惜しんでいてはいけないと思いますよ」
カリナさんが申し訳なさそうに確認してきますので、私は笑顔で答えておきました。
私の店なのですから、私のやりたいようにやらせて頂きます。もちろん、そのためには従業員たちも納得の上でですけれどね。今回は採寸をするということでその時点で納得して頂いております。不安がられても今さらなのです。私の店の授業員として堂々として下さい。
そんな意味を含めた笑顔をひたすらカリナさんたちに向けておきます。結局私の笑顔に押し切られる形で納得していましたね。ふぅ。
カリナさんたちのことをイリスに任せますと、私は外の看板の取り付け作業の様子を見に行きます。
敷地の入口と、食堂の入口と二か所に看板を設置します。敷地の入口は大きな立て看板で、食堂の入口は吊り下げ式の看板です。
食堂入口の看板は、風に吹かれるとくるくると回るようにしてあります。自由自在に走り回るラッシュバードをイメージした感じですね。
「いい感じですね」
「おお、これはレチェ様。うちをごひいきにして頂いてありがとう存じます。八歳くらいの時以来ですかね、うちに来られたのは」
「カルゼンさん、そういう古い話を出さないで下さい。レチェ様と呼んでくれているのに、堅苦しい話をされては公爵令嬢だと見抜かれてしまいますよ」
「それもそうですな。大きくなりなさったから、分からない人もいるでしょうしな」
目の前で看板を取り付け終わった恰幅のよい男性は、我がウィルソン公爵家のお抱えの木工師であるカルゼンさんです。なので、カルゼンさんは私のことをよくご存じだというわけですね。
カルゼンさんはもともとこの街に木工所を出していまして、その関係でウィルソン公爵家とも縁の深い方なのです。
彼のことを知ったのは、ミサエラさんからの情報ですね。さすがおばさまですよ。
見て下さい、あの食堂の敷地入口のラッシュバードの木像を。今にも走り出しそうなくらいに立派な感じじゃないですか。入口の左右に、エプロンと同様にスピードとスターを参考にして掘られた木像なのですよ。
「しかしまあ、まさか魔法学園の入学試験に落ちられて、こんなところに来てるなんざ驚きでしたね」
「まあ、それは耳が痛い話です。ですが、だからこそこうやって自由にやらせて頂いているのですけれどね。ウィルソン公爵家のために、評判を高めて税収を増やしてみせますよ」
「まったく、若いのに頼もしいかぎりですね、お嬢様は」
「お嬢様はやめて下さいよ、カルゼンさん」
私とカルゼンさんは大声で笑い合います。
「そういえば、商業ギルドの連中から聞いたんですが、料理がうまいらしいですな。開業した暁にはぜひとも食べに伺わせて頂きますよ」
「はい、その時はぜひともお願いしますね」
そうやって話している間に、カルゼンさんは吊り下げ看板を取り付け終わりました。
「庭も広いからって、屋外の飲食スペースにするとは思い切ったもんですな」
「はい、天気のいい日に限りますけれど、食堂である以上はできる限り飲食スペースにしたいんですよね」
「開店日も、いい天気だといいですな」
「はい、本当にそうなることを願っていますよ」
話を終えると、カルゼンさんは踏み台から降ります。
「さて、これで設置は終わりました。まだ何かありましたら、レチェ様の頼みとあればいくらでも聞きますよ」
「はい、その時はよろしくお願いします。もちろん、代金も支払います、ただ働きはよくありませんから」
「本当にお優しいですな、レチェ様は」
世間話はほどほどにして、仕事を終えたカルゼンさんを私はきちんとお見送りします。今回の仕事の代金は、商業ギルドの預金を使って既に支払い済みです。ただ、もう少し色を付けてもいいかと思いますね。できばえが素晴らしいんですもの。
ほぼ開店準備が終わりましたので、あとは食材の調達とお客さんです。
食材が十分量用意できるのはまず前提条件です。
あとは、どれほどの来客が見込めるかです。冒険者ギルドと商業ギルドの方々がそれとなしに話を広めて下さっているようですが、こればかりは当日にならないと分かりません。
期待と不安が入り混じる中、確実にその日は近づいてきているのです。




