第95話 試食会を開きました
看板とエプロンのことを依頼した翌日のこと、農園の方から人がやってきました。
「レチェ様、お野菜を持ってきました」
やって来たのはキサラさんです。ラッシュバードの世話をしている方ですね。乗っているのはキララのようです。
野菜を持ってきたというには軽装ですが、キサラさんの肩からは、商業ギルドからいただきましたかばんが提げられています。
そう、商業ギルドからいただきました魔法かばんは、食堂への食材運搬に使わせて頂いているのです。記憶によりますと、確か馬車一台分くらいはありますから、相当の量が入りますものね。
厨房の中の台の上にかばんを置きますが、普通の音がしますね。
ところが、かばんの中に手を突っ込んでみますと、中からはそれはとんでもない量の野菜が出てきます。調理台の上を十分埋め尽くしてしまいました。
……馬車一台というのは誇張でも何でもなかったのですよ。
「私もギルバードさんと一緒にかばんに詰込んでいまして驚きましたからね。話には聞いていても、実物を実際に試してみるまで幻とすら思っていましたから」
キサラさんも信じられなかったようですね。人間誰だって実物見るまでは簡単に信じられないものですからね。
ですが、これのおかげでキサラさん一人でも運搬が可能になるのですから、本当にいろいろ抑えられて助かるというものです。ラッシュバードのおかげで、大抵のものは振り切れますからね。
ちなみにですが、キララは外でスピードとスターと戯れています。
「さて、農園からの食材も届きましたから、早速料理を頑張ってみましょう」
「はい!」
本日はいよいよ、イリスとカリナさんによる調理を始めます。
私ですか? 私は必要なものを魔法で作る作業ですよ。
油とかミルクとかチーズとかバターとかクリームとか……。私の魔法でないと作れないものもたくさんあります。休めますでしょうか。
保存に関しても私の魔法で作った容器でどうにかなりますからね。前世の知識と魔法を使えば、密閉容器だった作れます。
ラッシュバードはジルくんが担当していて、ティルさんとウィルくんの二人は厨房とホールの両方で働くことになります。なので、ホールの三人が動きを確認している中、二人はイリスやカリナさんと一緒に調理に挑戦中です。
初めて行う調理は大変そうで、まだ経験のあるティルさんならまだしも、ウィルくんはとても大変そうでした。
調味料の作製の合間を見て、私は二人にパンの作り方などの指導を行っていきます。ちなみにパンの酵母も先程の合間に作っていました。
まったく、忙しいかぎりです。
ちなみに今日はなんで大量の料理を作っているかといいますと、食堂の本番の予行演習というのもありますが、お世話になっているギルドの方々に料理を振る舞う約束をしてしまったからですね。やはり、お世話になっている方々ですから。
商業ギルド側も、私の食堂で扱っている料理を知っておきたいというのがありましたので、双方の思惑が一致した形になります。
約束の時間は今日の定時後ですから、感覚からすれば五時間程度後でしょう。それだけの時間があれば相当の量が作れると思いますが、どうなるか分かりません。
商業ギルドの非番の方々までやってくれば、私が商業ギルドで見た人たちの五割増し程度の人数が見込まれます。足りるかどうか分かりませんね。
そんなわけでして、私は指導をしながら、調理のお手伝いもしました。
食材を持ってきたキサラさんも巻き添えになりまして、私たちは夕方まで一生懸命頑張りました。さあ、いらして下さい、商業ギルドの方々。
が、実際は私たちの予想をはるかに超えてきました。
「申し訳ございません、レチェさん」
眉間にしわを寄せて、申し訳なさそうにするのはミサエラさんです。
後ろを見ると、見るからに冒険者ギルドの方と思われる人たちまでいらっしゃいます。
ただで料理が食べられるということを聞きつけたらしく、商業ギルドに殴り込みを仕掛けてきたそうですよ。おっかないですね。
まあ、新しい食堂のことは、食材の依頼などを通じて冒険者ギルドの方々は把握しているでしょうからね。こうなることは予想していたので、冒険者ギルドの方々には話を極力持ちかけなかったのですよ。
「レチェ様、大丈夫でしょうかね。足りますかね?」
「足りなければ作りましょう。本番のためだと思って」
「……承知致しました」
イリスも諦めていますね。
そういうわけでして、商業ギルドと冒険者ギルドの方々に対する接待みたいなものが始まりました。
お酒がないと伝えますと、冒険者ギルドの一部の方からは不満が出てきましたね。でも、見ての通り女性と子どもしかいませんから、安全に考慮した結果だとお伝えすると、渋々納得していたようです。
元冒険者の方もいらっしゃいますから、近くで見ると迫力がすごいですね。現役の冒険者の方だとケガをしかねないことはよく分かりました。
でも、冒険者ギルドの方々がいらっしゃったのは、別な意味では好都合というものです。合間を見て、食堂の警備のことで相談を持ち掛けておきました。
そしたら、先程の自分たちの行動を思い出して、危険だということをしっかりと認識して下さったようですね。多少の金銭と食事があれば引き受けてくれる冒険者がいるだろうといわれましたので、私は条件を了承しました。細かいことはまた日を改めて相談しましょう。
いろいろとありましたギルドによる試食会ですけれど、料理に関してはあまり文句は出なかったですかね。珍しい料理なのでいろいろ言われるかと思っていたのですが、これは意外でした。
ひとまず、開業に向けてのひとつの自信となったことでしょう。
相談して正解でしたね。