第89話 キャンセルからのトラブル
翌日は、本来の予定をキャンセルして、ミサエラさんと話をすることにします。
食堂の内装と住環境の整備のための話し合いです。
「いや、布団のことをすっかり忘れていました。昨夜はシーツだけを購入させて頂きましたが、ベッドが硬くてかないませんね」
とはいえ、前世ではフローリングの上で寝ていたこともあります。ですが、さすがに固めた土の上は硬さが違いました。このままでは他のみなさんにもダメージが凄まじく溜まりかねません。早く改善しなければいけません。
「分かりました。ふかふかのお布団を寝具店に頼んでおきます」
「よろしくお願い致します」
私は素直に頭を下げてお願いします。
ついでですので、それ以外にもたくさん注文を出しておきます。
昨日の土魔法でかなりしっかりとした建物ができましたからね。ノームお墨付きの私の土魔法ですからね。強度ならばっちりですよ。
ええ、強度ならなんです。そのせいでベッドはカッチカチでして、寝心地は、最悪でした……。シーツだけではとてもごまかせませんでしたね。
カリナさんたちはまだ平気そうですけれど、イリスの目の下にかすかにクマができています。
これでは雇い主としては失格です。さっさと住環境を整えなければいけません。
「レチェさん、とりあえず落ち着いて下さい。必要なものをひとつずつ洗い出して、優先度の高い順に整えていきましょう」
「そ、そうですね」
ミサエラさんのおかげで、どうにか私は落ち着きを取り戻します。
「昨日の時点で私どものサポートも不十分でしたのでね。選定には全力を尽くさせて頂きます」
胸に手を当てながら、真剣な表情を私たちに向けて下さいます。本当に頼もしいお方です。この方と知り合えて、私は本当に恵まれていますね。
そんなこんなでいろいろと話をして、私たちは必要なものを詰めていきました。
だいたい話が終わりますと、私はミサエラさんとは別れまして、布団の買い出しに向かいます。やはりふかふかのお布団が欲しいですね。
そこで、ミサエラさんのおすすめの寝具店を教えて頂きました。昨夜購入したシーツも取り扱っているところだそうです。
寝具店の中には、これでもかというくらいにたくさんの布団やシーツが並んでいます。
さすがは公爵領にある街ということもあって、こんな辺境でもしっかりとした品質を保っています。公爵家御用達ともなれば、お店は名声を得られますからね。
お店の中に入ると、店員がぎょっとした顔をしています。この様子では、私のことを知っていますね。逆に私は知りませんけれど。
「どうか致しましたか?」
「あ、いえ。なんでもございません。そ、それより何をお求めでしょうか」
「はい、寝具店に来て寝具以外にございますでしょうか」
「はは、そうですね」
私とのやり取りにも、きっちり緊張の色が出ていますね。
態度は少々硬かったですけれど、何の問題もなく購入できました。私を含めた六人分と予備を数人分です。全部商業ギルドの預金からの支払いです。薬草のお金が相当貯まっていますから、ギルド証で簡単に支払い終了です。なんでしょうかね、まるでデ〇ットカードのようですね。
「毎度ありがとうございました」
私たちは寝具店を後にしますが、購入したものを運んでいただくために馬車への積み込みを外で待ちます。
その私に、突然衝撃が襲い掛かります。
「はい、捕まえましたよ」
ですが、そうは簡単にいきません。私は素早い反応でぶつかってきた人物を捕まえます。もちろん魔法で。
「うわぁ、は、放せっ!」
見るからに見覚えのある少年ですね。
「レチェ様、この少年、去年もぶつかってきた子ですよ」
「どおりで見覚えがあるはずです。まだスリをしているのですか?」
「うるさい金持ちのくせに! 俺たちのことなんか分かるわけがないんだ!」
少年はじたばたと暴れますが、十四歳の私から逃げ出すことは叶いません。だって、魔法でがっちり固めてありますもの。
「まあまあ、いけませんね。事情はどうあれ、スリは犯罪ですよ。ですが、お話くらいはお聞きしますよ。もしかしたらお力になれるかもしれませんのでね」
「うるさい、放せ!」
優しく話しかけますが、少年はうるさく騒ぐだけです。
そこへ、寝具を搭載した馬車を連れて服飾店の店員が出てきます。
「うるさいと思ったら、またお前か。貧乏なんだから働けばいいだろうが」
「そういうわけにはいかねえんだよ。短い時間で稼ぐには、これしかないんだ!」
少年には相当な事情があるみたいですね。
仕方ありませんので、寝具のことはみんなに任せて、私一人で少年の事情を聞くことにします。
当然ながらイリスには反対されましたよ。でも、どうも放っておけないんですよね。
なので、逆にイリスを説得して、みんなでベッドの設置をするように言い聞かせておきました。
「さて、少年。あなたの家に連れて行ってもらえませんか?」
私がにこにこと話しかけますと、少年はとてもばつが悪そうにしています。
「私もこの街にお店を構えるのですから、この街の住民です。同じ住民として、困っている方は見過ごせませんのよ」
私はにっこりと微笑みます。
どこまでも明るい私の笑顔に耐え切れなくなったのでしょうか。少年はふいっと顔を背けてしまいました。
「こっちだよ」
そう小さく呟くと、少年は私を案内してくれるようです。
ここで会ったのも何かの縁。お困りでしたら解決してあげませんとね。
ついお人好しなところを発動させた私は、少年の後をついて行くのでした。