第8話 契約
新しい家に戻った私は、うきうきで種をまく準備を始めます。
イリスとギルバートは呆れた表情で見ていますが、そんなことにはお構いなしです。
田舎でスローライフ、これは私の前世での夢だったのです。異世界に転生したとはいえ、実現できるとなれば、誰にも私を止められないのです。
種の袋を持った私が外に出ると、なんとも不思議な光景を目撃します。
「……もぐら?」
きょとんと首を傾けてしまいます。
目の前にはイリスとギルバートが頑張って耕した畑が広がっているのですが、そこからひょっこり変な生き物が顔を出しているのです。
『君、僕たちが見えるのかい?』
「えっ?」
変なもぐらだなと思っていましたら、なんと喋り出しました。
思わぬ事態が続いて、私は思わず目を何度も瞬きしてしまいます。
一体何が起きているというのでしょうか。
『いやあ、ここで実においしそうな魔力を見つけたから、駆けつけてみたんだ。どうやら、君の魔力のようだね』
「おいしそう? 魔力がおいしいってどういうことですか?」
思わず疑問を口にしてしまいます。
私の疑問に対して、目の前のもぐらたちは互いを見合って答えてくれません。さて、どうしたものでしょうか。
『おいしそうはおいしそう、そのままだよ』
『ここにいれば、僕たちは満足できそうだ。このままいつかせてもらうよ』
「えっ、ちょっと……?」
私は状況が分からなくて、戸惑ってしまいます。
そこに私の戸惑う声を聞きつけたイリスとギルバートがやってきます。
「どうかなさったのですか、レチェ様」
「ああ、ちょうどいいところに。二人とも、私の目の前に何か見えますか?」
「レチェ様の前にですか?」
振り向いて二人に声をかけると、不思議そうな顔をして私の前の畑を見ています。
「畑が見えるだけですけれど、何かいるんですか?」
「ええ、もぐらのような何かが数体ほど……」
イリスたちには何も見えていないようですね。
そこで、私は何が見えているかを口にします。
「それってもしや、精霊ノームでは?」
「の、ノームですか?」
イリスが唐突に叫びます。
精霊は本で読んだことがありますね。前世のゲームなどでも聞いたことのある単語です。
イリスが言うには、私にだけ見えているもぐらのようなものは、精霊だというのです。土を司るノームだとか。
さらに言うには、私が作った家の魔力に惹かれてやって来たのではないかということです。……本当ですかね。
『土の魔力、それ、それ!』
私たちの話を聞いていたらしく、もぐらたちが騒いでいます。
気になる私は、しゃがみ込んでもぐらたちを抱えあげます。
「本当に土の魔力に惹かれてきたのかしら」
『そう、あの家』
『土の魔力おいしい』
私が魔法で建てた家を見つめながら、もぐらたちが騒いでいます。
……これは間違いないようですね。
『契約、契約』
『触れてみてよく分かる。土の魔力が素晴らしい』
私の腕の中で、もぐらたちがさらに騒ぎ始めます。
契約だとか言っていますが、どういうことなのかしら。
「どうかなさいましたか、レチェ様」
「ええ、なんだか契約だとか言っているのですけれど……」
「なんですって、精霊と契約ですか。さすがレチェ様、素晴らしいです!」
イリスが目を見開いて褒めてきます。
「土の精霊と契約をすると、レチェ様の計画がますます現実味を帯びます。なにせ目の前の畑との相性は抜群ですからね」
ここまで興奮気味に言われて、私はハッとします。
確かに、私がやろうとしていることは農園を営むことです。
前世の中途半端な知識だけでは、とてもやっていけるとは思えません。ですが、土の精霊の手助けがあれば、その不安を解消できる可能性が高まります。
私は抱き締めているもぐらへと視線を落とします。
『契約、する?』
きゅるんとした可愛い瞳で見つめられては、とても断れそうにありません。
「分かりました。契約しましょう」
『契約、契約』
私が契約を了承すると、もぐらたちが私の手から抜け出して、集まっていた全員が集まって私を取り囲みます。
『君の名前、教えて』
『レチェじゃない、本名』
『契約は真名で行うもの。偽りよくない』
もぐら……もとい、ノームたちからこう言われてしまい、私はぎゅっと手に力を込めます。
「レイチェル・ウィルソン。それが私の名前です」
『契約、契約』
ノームたちは私の周りをくるくると、踊るようにしながら回り始めます。
『僕らノーム、レイチェル・ウィルソンを契約主として認める』
『認める、認める』
ぴたりと止まり、その場にいたノームたちが光で結ばれ、とある図形を描き出します。
五つの頂点を持つ星型の印です。
というか、精霊との契約って、私が契約の言葉を言って結ぶのではないのですかね!?
『細かいこと気にしない』
『僕らが認めればそれで契約成立』
私の心の叫びを聞かれてしまったようです。
むぅ、さすが精霊といったところでしょうかね。
次の瞬間、赤茶色の光が放たれました。
『左手の甲を見る』
「左手?」
ノームに言われて、私は自分の左手を見ます。手の甲には二重の円の中に双葉のマークが描かれた紋様が浮かんでいました。
「ノームの契約の証ですよ。すごいですよ、レチェ様。精霊と契約した方なんて、世界に数人しかいないといわれているんですからね」
「え、ええ……」
イリスのはしゃぎように、私は困惑し続けています。
それは、後ろに立つギルバートもそうみたいですね。なにせ、途中からひと言も喋っていませんから。
なんてことでしょうか。
畑仕事をしようとしたら、そのままノームと契約することになってしまいました。
私の目的のためにはちょうどいいのですが、精霊と契約したことは知られてはいけない気がします。
ひとまず、イリスとギルバートの二人には固くしゃべらないようにお願いしておきます。
『畑、耕す』
ノームもやる気十分らしいので、私は戸惑いながらも畑作業を行うことにしたのでした。