第78話 学園の状況
学園の夏休みを使って、アマリス様とルーチェが私の農園に滞在をしています。
ですが、二人は今回は手伝うことはありません。
……本当は手伝おうとしてきたのですが、私が丁重に断りました。
下手に人に見られてご覧なさい。王女様と公爵令嬢を強制労働させる、悪い人みたいになってしまうじゃないですか。
なので、あくまでも二人は客人ということで、私は滞在してもらうことにしたのです。……言うまでもなく、二人は強い不満を示してましたけれどね。
特に去年に手伝いをしていたアマリス様の不満が酷いですね。それこそ、最初の一日はまったく口をきいてくれませんでした。そこまでですか……。
口をきいてくれるようになった日の夜、私は二人に学園の状況について話を聞くことにしました。
ここは元々恋愛シミュレーションゲームの世界です。
私が魔法学園に入れなくてゲームからは離脱しましたが、魔法学園の舞台はまだ恋愛ゲームの世界のままのはずです。
怪しい男子学生がいないか、それを確認しなくてはなりません。
(確か、主人公の名前はデフォルトのままなら『ワイルズ』でしたね。平民の少年ですが、数種類の武器と奇妙な魔法を使うはずなので目立つはずです)
私はゲームの内容を思い出していきます。
ただ問題なのは、この手のゲームでは主人公の容姿が出てきません。戦闘シーンでもグラフィックを描かないという徹底っぷりでしたからね。
どれだけかっていいますと、どうしても姿を見せなければならない時には、某犯人のような黒塗りの特徴のない姿で登場させられてましたからね。
男性キャラのグラフィックはあるというのに、なんという徹底っぷりなんでしょうか。
そんなわけで、私は主人公の容姿はまったく知らないのですよ。どうしてもというのなら、「開発に聞いて下さい」と一喝するしかありません。
「怪しいかどうかは分かりませんが、お兄様に絡んでくる男子学生がいらっしゃいますね」
「へえ、アンドリュー殿下にですか。どんな方ですか?」
女性ではなく、まさか殿下に絡まれるとは予想外な方がいらっしゃるものです。とりあえず詳しくお聞きしましょう。
「名前は確か『ワイルズ』でしたわね。赤い髪を適度な感じで散らしていて、それはさわやかそうな好青年といった感じの方です」
「そうなのですね」
予想外にもアンドリュー殿下に絡んでいるのは、このゲームの主人公のようです。
あれ? これってそういうゲームでしたっけかね。
アマリス様と私を狙おうとすると、お邪魔虫になるのがアンドリュー殿下です。
アマリス様は実の妹で、レイチェルは婚約者という関係ですからね。ストーリーの進め方では、確か決闘を行うまでになったはずです。
その時でもグラフィックはありませんでしたけれどね。
決闘の場面はスチルがありますが、その一枚には主人公の姿はあるのですが、顔は出さないというこだわりの一枚でした。……どれだけですか。
「私もお会いしましたね。言葉遣いは丁寧ですし、気遣いもできる殿方でした。平民というのが信じられないくらいしっかりとされた方ですよ」
「そうなのですね」
なんともまぁ……。
ゲームでは徹底的に主人公の性格は排除されていましたので、二人の証言にはとても驚かされます。
その一方で、どうやら二人ともすでに面識を持っていて、会話もしているようですね。
そもそもアマリス様もルーチェもアンドリュー殿下と一緒にいることが多いでしょうから、ワイルズが殿下に絡まれるようでしたら、二人に会うのも当然ですものね。
「なんでも、お兄様の近衛になりたいとかお考えのようですね」
「あら、ジャック様がいらっしゃるのにですか?」
「護衛は何人いてもいいと仰られて、諦めるつもりはないようですよ」
私は思わずあんぐりとしてしまいます。
えっと、この世界って男性主人公の恋愛シミュレーションゲームの世界でしたよね?!
私は慌ててアマリス様とルーチェに更なる確認を取ります。
ところが、ワイルズと名乗る男子学生は、女性たちと話をしている様子がないそうです。数少ない女性の相手が、アマリス様とルーチェの二人だそうです。
……あるぇー?
話を聞いている限り、ワイルズが転生者というわけではなさそうですし、他に転生者がいるような状況にも見えませんね。
だとしても、なぜ私がこの世界に転生してきたのかという理由もよく分かりません。別に死ぬ直前までプレイしていたというわけでもないですからね。
謎は深まるばかりです。
まあ、私を気にかける人物が少ないのなら、今の生活がやりやすくなるというものです。
私は気持ちをすっぱりと切り替えることにしました。
ゲーム本編と関わらずに済むのでしたら、これほど気が楽になるという状況もありませんからね。農園の作業に集中ができて嬉しいかぎりです。
それ以外にも二人からはいろいろ話を聞けましたね。
私が渡したレシピは、時々おやつとして出てきているようです。ルーチェもアマリス様に呼ばれた際に味わっているようです。
私が作っていないとはいっても二人が満足する味を出せるあたり、さすがは王宮料理人といったところでしょうか。
せっかくのアマリス様とルーチェと一緒に過ごせる時間です。
何事もなく過ごせるといいですね。




