第72話 紙作り、実演
視察の翌日、私は大量のわらを持って商業ギルドを訪れることになりました。
ラッシュバードの大切な寝床や餌であるので、あまり無駄に使いたくはないのですけれどね。でも、商業ギルドに妙な目を向けられたままではいられませんので、こればかりは仕方のない話です。
今日はスピードに乗って近くの街の商業ギルドを訪れました。
商業ギルドに入ると、私はすぐにミサエラさんのところに案内されます。
珍しい話ですよね。普段は受付に座っていますのに。
私は大量のわらを手に持った状態でミサエラさんとお会いすることになります。なんとも緊張する一瞬ですね。
職員の方に案内され、私はミサエラさんの部屋を訪れました。
「ようこそお越し下さいました。レイチェルさん、そちらにお掛け下さい」
「は、はい。失礼致します」
ミサエラさんが珍しく、私のことを本名で呼んできます。よっぽどな事態なのでしょうね。私はおとなしく椅子に腰掛けます。
しばらくの沈黙がありましたが、ミサエラさんがゆっくりと話を始めます。
「春先に収穫したという小麦ですけれど、品質はそれほどよくなかったですが、一時的に在庫の押し上げに貢献しております。このことにはまず感謝を致します」
「はい、それはよかったと思います」
ひとまず、冬小麦の件は食糧の蓄えが増えたということで感謝されました。
ですが、話はここからが本番です。
本日ミサエラさんを訪ねたのは、昨日問い詰められた植物性の紙についてです。
その作り方を実演するために、私は商業ギルドへとわざわざ出向いたのです。そうでなければ、この忙しい時期に農園を離れたりしませんよ。
「この紙ですけれど、作り方を見せてもらえるのですよね?」
「はい、そのために本日やって参りましたから」
そんなわけでして、私は早速紙作りを見せつけます。
道具がなければ困りますので、商業ギルドの厨房をお借りしましょうかね。
そんなわけで、私たちは厨房へとやってきます。ここなら堂々と火魔法を使っても問題ありませんからね。ただ、私のところのようなコンロはありませんから、かまどの上でということになりますけれど。
まずは大きい状態の小麦のわらを風魔法である程度細かくします。
それを土魔法で作った鍋の中に入れて水を張ります。
火魔法で加熱して沸騰させ、煮込んでいきます。
火を止めてから、その状態の鍋にふたをして、風魔法でわらをさらに細かく切り刻んでいきます。
それが終わると土魔法で作った網が張られた器の上から注いで、風魔法で均一化させます。
これを風魔法で乾燥させれば、あっという間に紙ができ上がります。
本当なら一日以上かかるような作業も、魔法を使えばこの通りあっという間です。
「触ってみて下さい」
型から外して出来上がった紙をミサエラさんに渡します。
触ってみたミサエラさんは驚いていますね。
「少しざらざらしていますけれど、確かに紙のようなものができ上がっていますね」
感動しているようです。
何度も触って、その感触を念入りに確かめているようです
「まさか、小麦のわらからこのようなものができ上がるなんて……。これは大発見ですよ」
「小麦のわらに限らず、その辺の植物でも同様に作ることはできますよ。植物の持つ繊維質さえあれば、どうとでもなります」
「ほうほう、詳しくお聞きしても?」
「はい、よろしいですよ」
私はミサエラさんに細かくいろいろと説明をしていきます。
ミサエラさんは私の話をメモに取っていきます。
さすがに熱心な方ですから、いろいろと細かい質問が飛んできます。私は知る範囲できちんと答えていきました。
「……なるほど、分かりました」
話が終わると、それは充実した表情を浮かべています。
お金になりそうなことだと、こうも元気になってしまうのですね。さすがは商業ギルドの方です。
ここまで生き生きとした表情されると、つい戸惑ってしまいますね。
「これは面白いことになりそうです。ああ、もちろん特許として登録しておきますのでね。売れれば売れるほど、レチェさんにお金が転がり込みますよ?」
「あははは……。それはそれで嬉しいですね」
この世界にも特許と特許使用料みたいなものがあるのですね。
この分ですと、先に作ったボールペンによる収入もバカにはできなさそうです。
ですが、私の目標は農園を経営しながら、その収穫物を使った食堂を開くことです。忙しいとは思いますが、貴族のしがらみの中で生きるよりは充実した人生が送れると思いますからね。
そのための軍資金が手に入るのであれば、この上なく嬉しいというものです。
製法は教えたのですから、あとのことはミサエラさんにお任せしておけば安心でしょう。とても信頼のできる方ですし、この手のことは私には専門外ですからね。
ひとまず特許申請だけ出しておいて、私は商業ギルドから帰ることにしました。
「さあ、戻って農園の作業を頑張りますよ。スピード、家までお願いね」
「ブフェッ!」
私はスピードに乗ると、やり切った充実感を感じながら自分の家まで戻っていったのです。




