第70話 原因はほとんど私です
湖のほとりの家まで戻ってきた私は、いつもの農園の仕事に戻ります。
二年目となった今年は、作業が順調に続けられています。
恋愛シミュレーションゲームの舞台である魔法学園から完全に離れた私は、シナリオの強制力にさらされることもなく、今日も畑仕事に汗水を流しています。
スピードとスターの子どもたちも加わって、畑の雑草はあっという間に文字通り根こそぎ食べられていきます。このままじゃ作物への被害が出てしまいそうですね。
ところが、驚いたことにスピードたちは子どもたちも含めて作物には一切口をつけません。
ラッシュバードは物覚えが悪いなどとは言われていますが、眷属となればそこはきちんと覚えてくれているようです。契約の力ってすごいですね。
「ブッフェッ!」
作物を食べない様子に驚いていると、スピードが突然鳴きました。
何事かと思って見てみると、なんとドヤ顔を決めているではありませんか。なんと、こんな顔もできるのですね、ラッシュバードって。
驚きが勝ってしまって、私は反応に困ってしまいました。
ラッシュバードの子どもたちが私たちの農園の売り物となる野菜にくちばしをつけようとすると、スピードもスターも子どもたちを突いて止めます。
驚いた子どもが抗議しようとすれば、二羽揃ってダメだと教え込んでいました。
すごいですね、眷属化って……。
「ラッシュバードとは思えない頭の良さですよね」
「うう、こんな姿初めて見ました。感動です!」
感心しているイリスの横では、キサラさんは涙を流してまで大げさな反応をしています。それだけ珍しい光景なのでしょう。
それにしても、ラッシュバードは成長期なのか、ものすごい勢いで草を食べています。この辺りの草が食べ尽くされてしまいそうですね。ちょっと心配です。
ここまでを振り返ってみますが、王都を離れて一年以上経過していますが、私のところへ訪問してきた王都の人間は現状はアマリス様とその従者たちだけです。
うまく隠せているのか、それとも知っていても遠慮しているのかは分かりませんが、王都の煩わしさから解放されていて心地がいいものですね。
……ただ、アマリス様とルーチェのことは気になりますけれどもね。ええ、大体私のせいですよ。
でも、あの二人であるのなら、あまり心配はないでしょう。せいぜい問題になるのはラッシュバードぐらいでしょうからね。
……やっぱり私が原因じゃないですか。
結局すべてが私に帰結してしまい、自分で自分にショックを与えていました。
……こうなったらもう開き直りましょう。
すべて前向きになればきっと変わるはずです。
私はもう去年一年間の反省はしないことにしました。
農園の経営と食堂の経営という二点に重きを置いて、これからのことを考えることにしました。
ラッシュバードの卵のことが一段落した日のこと、商業ギルドからようやく人がやってきました。
「レチェ殿、お知らせを伝えにやって参りました」
「これはこれは商業ギルドの職員の方、ご苦労さまです」
いつも来られているミサエラさんではなく、使いの職員の方がいらしたようです。
よく見ると、ミサエラさんとの商談に向かう時にたまに視界に入る、商業ギルドの職員のようですね。
私はやって来た職員にお茶を差し出しておきます。疲れていらっしゃるでしょうからね。
私が差し出したお茶をぐいっと飲み干した職員は、用件を伝えてきます。
「お心遣いありがとうございます。用件でございますが、明日にミサエラ副マスターが農園の視察にいらっしゃいます。抜き打ちでもいいのではないかと打診したのですが、あくまでも商取引でございますので、先触れとして私がやって来た次第であります」
「わざわざありがとうございます。それでは戻られたらお伝え願えますでしょうか」
「はっ。伝言があるのでしたら、承りましょう」
職員はさっきから肩幅に足を開いて、背筋をピンと伸ばして話をしている。態度からしてみても、すごく真面目な方なのでしょうね。
そんな方ですし、ミサエラさんが使いに寄こされる方です。十分に信用できると思われます。
私はやって来られた職員の方に、冬の間に育てた小麦があるということを伝えてもらうように頼みます。
冬の間に育てたということを聞いて、職員の方はものすごく驚いていらっしますね。やはり、こちらの世界では春小麦しか育てられていないようですね。
「分かりました。では、少々人数を多めにして来訪させて頂きます」
信じられないといった顔をしていますね。春小麦しかないのなら、冬小麦は想像もできませんものね。仕方ありません。
私はいろいろとミサエラさんへの伝言を頼もうと思いますが、口で言っていても覚えきれるとは思えません。そこで、作った紙にメモをして男性職員に託します。
「こ、これは……」
「詳しいことはミサエラさんのいる時に。とにかく今は伝言をお頼みしますね」
「承知致しました。では、預からせて頂きます」
私が渡したメモの束に目を白黒させながら、役目を終えた男性職員は商業ギルドへと戻っていきました。
「さあ、明日のためにもうひと頑張りしますよ」
「はい、レチェ様」
「お任せ下さい」
今日も農園には活気ある元気な声が響き渡るのでした。