第59話 新しい種を手に入れましょう
正式に三名の従業員を雇用して、六人体制になりました。
スピードとスターは鳥小屋の中でおとなしくしていて、昼と夜で交代で卵を温めています。
畑の方はというと、冬に育つ小麦の収穫に入りました。それと並行するように秋に収穫する作物の準備をします。まったくもって春先は忙しいですね。
新しく従業員になられたキサラさん、マックスさん、ハーベイさんは、農園の仕事に戸惑っているようです。
忙しい時期とはいえ、農作業の手が空いた時間にはそれぞれやりたいことができます。
キサラさんはスピードとスターを眺めていますし、マックスさんとハーベイさんはギルバートと剣の稽古をしています。男性のお二人って、もしかして冒険者でもしたいのですかね。気になって聞いてみたのですが、理由は警備のためだと答えてくれました。
なるほど、子どもである私がいますし、魔物であるラッシュバードも暮らしています。よろしくない人からすれば、格好の的というわけですか。
実はですね、セキュリティの面では、私は心強い味方がいるのですよ。
『主ー、お呼びで?』
私が呼べば、ノームが集まってきます。
「ええ、怪しい連中がいないか、警戒をお願いしたいのです。今年で二年目になりますし、ここの噂をかぎつける悪い方もいらっしゃるでしょうから」
『了解、任せてよ』
五体のノームが、にっこりと微笑んでから散っていきます。
本当に精霊たちは、私たちのために毎日尽力してくれています。おかげで私たちはかなり楽をさせていただいております。
このまま小麦や野菜の生産が安定するようでしたら、次は果物が作りたいですね。
絞ってジュースでもいいですし、ケーキの飾りつけにしてもいいですし、そのままサラダもいいですね。ふふっ、夢が広がります。
それなら、レタスとトマトとイチゴでしょうかね。今度種を探してみませんと。
私は実に毎日が楽しくてたまりません。
翌日、私はスターに乗って商業ギルドを訪れます。
なぜか畑の脇に生えてくる薬草を納品しに来たのです。
どうして畑に薬草が生えてくるのかはまったく分かっていませんが、せっかくあるのですからいろいろなものの軍資金に換えさせて頂きます。
商業ギルドでの対応は、今日もミサエラさんです。いつ来てもいらっしゃるのですが、この方サブマスターでいらっしゃいますよね? 暇なのでしょうか。
いろいろと疑問に思うところではありますが、きちんと相談に乗っていただけますので、ひとまずは気にしないことにしておきましょう。
「まずは薬草の納品です」
「まあ、いつもありがとうございますね。よくこんなに手に入りますよね」
「気が付いたら生えてますので」
何も嘘は言っていないです。
実際に気が付いたら生えているのです。畑の脇一面に。
「本当に不思議な畑ですよね。それで、本日のご用件は何でしょうか」
大量の薬草を見ても、ミサエラさんはまったく動じていません。さすがに何回もあると慣れてしまうんですね。慣れって怖いです。
まあ、それはいいとしまして用件ですね。
「はい、新しい植物の種が欲しいと思いまして。何かございますか?」
「そうですね。すぐに用意ができるかは分かりませんが……」
ミサエラさんは途中で言葉を切って、周りをちらちらと見つめていらっしゃいます。
釣られて私も視線を向けてみますが、思ったよりも注目を集めてしまっているようです。
「いつも通り、奥で話をしましょうか。薬草の山盛りは、さすがに目立ちすぎました。さすがに数回体験していると私も感覚が鈍ってしまったようですね」
ミサエラさんはくすくすと笑っていました。
そんなわけでして、私とミサエラさんは奥へと移動します。
先程の薬草の査定結果は、その奥で受けることになりました。
「そういえば、お給金の支給方法は決められましたか?」
「そうですね。現金手渡しとは思いましたが、お金のほとんどを商業ギルドに預けていますので、預金から分配して頂くのが一番かと思います」
「いいですね。それが安全だと思いますよ。商業ギルドのカードがあれば、それを使ってお買い物もできますからね。仕組みは分かりませんが、そういう不思議な魔道具があるのですよ」
「便利ですね、それ」
私たちはあれこれと話が盛り上がります。
ギルドカードでお買い物ができるとか、前世で使っていた電子マネーを思い出します。こちらは魔法のある世界ですから魔法マネーですかね。
ミサエラさんの話では、紹介して頂いた三人は商業ギルドに登録されているので、カードは持っているそうです。そういうことは先に言っていただきたかったですね。今さらながらにお給金どうしましょうかと悩んでしまいましたよ。
無事にその辺の問題も解決しましたので、最後は落ち着いてほしい植物の種を手に入れることができました。
レタスとトマトとイチゴの三種類です。
これでレタストマトサンドやイチゴのショートケーキも作れるようになりますよ。まずはノームに頼んで増やしてもらいませんと。
種の入った袋を握りしめながら、私は思わず笑みを浮かべてしまいます。
「ふふっ、ずいぶんと楽しそうですね」
「ええ、まあ。欲しかったものですから、つい」
「そうですか。では、その種の代金は、今回の薬草の査定から差し引かせて頂きますね。代金はどうなさいますか?」
「プールで」
「畏まりました。ギルドの預金に入れさせて頂きますね」
私は用事を済ませると、うきうきした気分でギルドを後にします。
「スター。農園に帰りますよ」
「ブフェッ!」
外に待たせていたスターにまたがり、三種類の種をかばんに入れてぶら下げ、農園へと戻っていったのでした。