第54話 あれを作ればこれも
正直、短期間で二度も王都に戻るとは思ってもみませんでしたね。
入学祝いを持って王都の公爵邸に戻ったのですが、その際、どういうわけかアマリス様もいらしていたのです。
こちらとしては用事が一度で済んだのはよかったですが、どうして公爵邸に姿を見せていらしたのか分かりませんでした。仲がいいこと自体は知っておりますけれど、いらっしゃるとは思いませんでしたよ。
それはそれとして、二人にプレゼントを渡します。私お手製のケーキとボールペンですね。
ケーキはずいぶんと上達しましたので、二人においしいと言ってもらえた時には嬉しかったですね。これで、本格的に公爵領で売りに出すことができそうです。
ですが、ボールペンに関してはさすがに首を傾げていましたね。
そういう時は実演に限ります。キャップを外して紙の上を走らせます。
「おおーっ!」
アマリス様もルーチェも驚いていました。
インクをつけずに文字が書けるのですから、そうなるでしょうね。
二人には、普段はキャップをつけておくことと、インクの補充の仕方を教えておきました。
その日はアマリス様とルーチェとの話が長引いてしまい、私は結局翌朝にルーチェの登校を見送ってから公爵領に戻ることになったのです。
公爵領に戻った私には、二年目の作業が待っています。
冬を越させた作物の収穫と、今年の作物の準備ですね。
結局冬に育てられたのは小麦だけです。ノームの力のおかげで枯れるような心配はなかったですが、さすがに冬を越すと育ちが遅いですね。
『あとひと月くらいかな。それでも順調だよ』
『次の作物の準備をする~』
ノームたちのやる気は十分のようですね。
「おっしゃーっ! 耕すぞうっ!」
ギルバートもやる気満々です。
いい運動にはなりますからね、畑作業は。
「畑作業はギルバートとノームに任せておきましょう」
「そうですね。私としては、レチェ様にあのボールペンを売りに出すのかどうかを問い質したい気持ちでいっぱいでございます」
「はははっ……。イリス、ずいぶんと気にしていますね」
「それはもちろん!」
私が呆れたような顔をすると、イリスは胸を張って鼻息を荒くしながら言い切りました。
「インクとペンを同時に持ち運びができるというのが素晴らしいと思います。私たち使用人というのは、ご主人様たちの要望に応えねばなりません。そのために、その場で暗記をすることもありますが、人の記憶なんて知れています。素早くメモができたのなら、その達成率はおそらく改善致します」
イリスがここまでこだわるのは、そういう点のようです。
確かに、使用人というものは仕える方の要望をその場で聞き、すぐに行動を起こすことがあります。そういう時に、途中で何かあったりして忘れてしまうなんてこともありますからね。なるほど、切実なわけです。
でも、そうなると持ち歩き用のメモ帳も欲しくなりますよね。それでいて、インクがにじんではいけませんからね。
私はつい考え込んでしまいます。
「レチェ様?」
「あ、いえ。ペンがあっても、紙がなければ意味がないではないですか。持ち運び用のメモ帳が必要ではないかと思いましてね」
「ああ、そういえば確かに」
イリスは片手落ちなことにようやく気が付いたようですね。
普段使っている紙というのは、思ったよりも大きいですからね。
ならばということで、植物紙のある世界なので、私も作ってみることにします。
幸い、草があれば紙は作れますからね。農園を営む私なら、草は確保し放題です。ラッシュバードの餌になる草を取り除いても、それでも草はたくさんありますもの。
昨年の収穫した作物の中で残っているものを探し出してきます。茎や葉っぱを集めるだけ集めると、ぐつぐつと煮込んでいきます。
ぐつぐつと煮込みが終わると、今度は風魔法を使って細かくしていきます。
ふたをした上から風魔法を使ってあげると楽ですね。やり方としてはクリームを泡立てた時のような感じです。
漂白しなければいけないですが、これは染色魔法で代用できるでしょう。
次に、土魔法で型と網を作ります。その上からどろどろになった草を注いでいって、風魔法で厚さを均一にします。
ええ、こういう時に魔法って便利ですよね。一切手を触れずに済むんですから。途中でやけどとか絶対ありますよ。
最後に、風魔法で水分を飛ばした乾かせば、お手製の草で作った紙が完成です。
「すごい、紙ができてしまいました」
「どうでしょうか。触ってみて感想を下さい」
「なんともごわごわした感じですね。ペンで書いてみます」
作ったばかりのせいか、インクがちょっとにじんでしまったようですね。
それでも、見ている限りはあまり問題はなさそうです。
「素晴らしいです、レチェ様。まさか紙まで作られてしまうなんて!」
「ええ、たまたまですよ。ちょっと読みかじってみた本に書いてあっただけです」
はい、嘘です。前世知識です。
夏の自由研究とかでやってみたのを覚えてただけですから。
「これを量産して、ボールペンと一緒に売る……。これはひと儲けの予感です!」
「い、イリス……。あなたそんなにお金にがめつかったでしたっけ?」
「何を言っているのですか、これで公爵領が潤えば、レチェ様の汚名も晴らせるというもの! それを喜んで何が悪いのですか!」
なるほど、そういうわけですね。
と、とりあえず考えておきましょう。
そんなわけで、ボールペンと紙を目の前にして、イリスはテンションがだだ上がりをしていました。
対照的に私は疲れた気がします。
こんな調子で、二年目は大丈夫なのでしょうかね。
ちょっと心配になってきました。




