第51話 欲しいものが増えていきます
こちらの世界に来てから初めて作ってみたグラタンは、結構好評でした。
ですが、ギルバートはひと口食べて気に入ったらしく、勢いよくかき込もうとしてやけどしかけてましたね。
「おあっちっちっ。だが、うまい。レチェ様、これは一体……」
「う~ん、調味料が足りないですね。やはり、胡椒は欲しいところです。できればチーズも……」
「レチェ様?」
私が物足りなく感じていると、ギルバートは疑問の目を向けてきました。
「はっ。なんでしょうか、ギルバート」
「いえ、何を考え込んでらっしゃるのかと思いまして」
「ああ、いえ。もう少し何か欲しいと思いましてね」
「これでも足りないというのですか? 俺は十分だと思いましたのに」
ギルバートは食べる手を止めずに私に訴えかけてきます。
それでも私は、やはり前世の記憶が邪魔をして足りない気がするのです。コクとか刺激とかそういうものですね。
今までの食事は味気はなかったですが、素朴な感じがして嫌いではありませんでしたよ。
前世の記憶があるとは言いましても、この世界で生まれ育ったのですからね。
「明日、商業ギルドに出かけてちょっと話を伺いましょう」
「何をお聞きになられるのですか?」
「ええっと、今は内緒です」
ちょうどあれこれ落ち着いた時期ですし、今は自由の身なのでいろいろと試したくなってしまいます。
冷静にこの世界のことも見れるようになってきましたしね。冷静になればなるほど、この世界のちぐはぐさというものを実感させられます。
ひとまず、あれこれ欲しいものがありますので、そのあたりを商業ギルドに確認しに行くことにしましょう。
私は翌日の予定を固めると、自分の作ったグラタンの味をしっかりと確かめたのでした。
翌日になりまして、しっかりと防寒対策を行った上で商業ギルドに出かけます。今回も連れてきたのはイリスで、ギルバートはお留守番です。
「レチェ様、本日のご用件はどのようなものなのですか?」
「私が欲しい食材がないか確認するためですね。なければ最悪自作します」
ルーチェが魔法学園に入学できたというのが、私の心が一番休まった事案です。完全に私はストーリーから離脱できましたのでね。
冷静になればなるほど、自分たちに足りないものがしっかりと見えてきました。
食堂を開くつもりなら、やっぱり食材は充実させておきたいのです。
「ごめん下さいな。ミサエラさんはいらっしゃいますか?」
「はい、ここにいますよ」
「ひゃあっ!」
ギルドに入って声を掛けると、私の後ろから声がしました。思わず変な声が出てしまいます。
「な、なぜそんなところにいらっしゃるのですか!?」
商業ギルドに足を踏み入れたばかりの私たちの後ろから現れたので、それはもうびっくりするというものです。
「ラッシュバードの鳴き声が聞こえたので、ちょっと驚かせようと思いましてね」
「あのですねぇ……」
どうやらミサエラさんのいたずら心のようでした。でも、心臓が止まりそうになりましたので、二度として欲しくありませんね。
ミサエラさんのドッキリが成功したことで、私たちはいつものように奥に通されます。
ミサエラさんの部屋に通されると、真剣な面持ちで話し掛けられました。さすがサブマスター、威圧感が半端ないです。
「それで、本日はどのような用件ですか?」
「はい。こちらの食材や調味料について、取り扱いがあるのかを確認しに来ました」
「ほうほう……。確認させて頂きます」
ミサエラさんは私のメモを手に取って、じっくりと目を通していきます。
「ふむふむ、塩でしたら岩塩ですね。ただ、はっきりとした採掘場がございませんので、入手は不定期になります」
「そうですか。それなら、しょっばい水はありますかね。海とか」
私の質問に、ミサエラさんはきょとんとした顔を見せます。
「海をご存じなのですか?」
私はこくりと頷きます。
「海の水から水分を蒸発させると、白い結晶が出てきます。それが塩になるんです」
「ふむ、そこまでご存じとは……。分かりました、伝手で手に入れられないか話を通してみます」
ウィズタリア王国には海がありませんから、隣国などの遠い場所からしか手に入れられないのですよね。ミサエラさんは商業ギルドの知り合いを通じて融通してくれることを約束してくれました。
それ以外にも、私はいろいろとミサエラさんに尋ねていきます。
私の畑では時折薬草が手に入るので、それを売れば軍資金には困りませんからね。多少の無茶は押し通しますよ。
拙い私の絵を交えながら、欲しいものを伝えていきます。ミサエラさんも真剣に話に乗ってくれます。
ついていけないイリスは一人でどうしたらいいのか困っているようです。
「酸っぱい液体でしたら、出来損ないのワインがありますね。酸っぱくなってしまって捨てるしかないと言っていましたので、それをかき集めてきましょう」
「それは助かります。ただでとは言わず、少しでもお金を支払ってあげて下さい。作るためには労力がかかっているのですから、当然の対価です」
「分かりました」
ワインビネガーは出来損ないのワインですか。飲むためにワインを作っているのですから、飲めないのであればそうなりますよね。
でも、お酢があればミルクからチーズが作れます。欲しいものとは違いますけれど、ないよりはましです。
こうして、すべてではないですけれど、私の欲しいもののいくつかはこの商談で手に入れられることになりました。
ふふっ、届く日が楽しみですね。
その日の私は、帰り道でつい鼻歌を歌ってしまうくらいに舞い上がってしまいました。




