第5話 新天地
私がやって来たのは、ウィルソン公爵領の中の外れの地です。
少し大きめの沼と川が近くにあって、森林が近い場所です。ただ十分に開けている場所なので、ここなら農業に適していそうですね。
少し離れた場所には街もあるそうで、農作物を育てた後の取引にも問題はなさそうです。
「このような何もない場所、おじょ……レチェ様には厳しいのでは?」
イリスが私のことをまたお嬢様と言いかけましたね。
仕方ありません。人間今までの習慣をそう簡単に変えられるわけがありませんもの。私の言葉遣いがいい例です。
「イリス、ここは私が希望した通りの土地です。そう文句をいうものではないですよ?」
「ですが、レチェ様」
イリスが文句を続けようとするので、私は指を差しだして口を閉じさせます。これ以上騒がれても作業が遅くなるだけですからね。
とにかく、居住のための家もないのですから、さっさと作業を始めてしまいましょう。
「とにかく住む家が必要ですね。今からさっさと創ってしまいましょう」
「えっ、創るって?」
イリスがきょとんとしていますが、私は気にしないで魔法を使います。
この世界の魔法は、かなり体系が整頓されています。
すべての魔法は「階級」、「属性」、「効果」の三つを組み合わせることで発動できるようになっています。
つまり、「効果」の部分さえどうにかできれば、あとは好き勝手に魔法を使えるということですね。
私が髪を染めた時の魔法も、「ラ」という中級、「ギア」という土属性、「ダイ」という染色の三つを組み合わせることで発動しました。
転生者っていうのは、どこの世界でも基本的にチートを持っているようですね。私にもそういうものがあるようですよ。
「ラ・ギア・ルド!」
私はそう叫びます。
すると、あっという間に目の前には一軒の家が建ってしまいます。
私の頭の中には、目的を思い浮かべると、それを達成するための魔法の言葉が瞬時に浮かび上がるようになっているようです。
「お嬢様、これは……」
驚きのあまり、イリスがお嬢様呼びに戻ってしまってますね。
無理もありません。目の前には一瞬にして小屋が建ってしまったのですから。
ですが、これで終わりではありません。建物はひとつでは足りないのですよ。
「お嬢……レチェ様、お待たせしました。御者に言伝をしてようやく戻ってもらいました」
荷物を降ろす作業をしていた護衛がやってきました。
そう、護衛の住む部屋と荷物を入れておく小屋が必要なのです。
なので、私は早速二度目の魔法を使います。
「ラ・ギア・ルド!」
再び何もないところに頑丈な土の小屋が出現します。
この土の小屋、魔力を十分に込めてありますから、水にぬれても平気ですし、ちょっとやそっとの衝撃では壊れませんよ。
「レチェ様……。いや、なんでこれで魔法学園に落ちられたんですか……」
護衛が呆れた様子で呟いています。
ええ、私も聞きたいくらいですよ、なぜ落ちたのか。多分適当にさぼっていた筆記のせいでしょうね。
でも、もう済んだことだからどうでもいいのです。
「小屋ができましたから、さっさと荷物を運び入れましょう。公爵邸を朝に出てここまでほぼ一日にかかっています。早く済ませないと、今日のご飯も作れませんよ」
「承知致しました。イリス、お前も手伝うんだ」
「分かっていますよ、ギルバート」
イリスと護衛のギルバートは、荷物を降ろしたところまで走っていきます。ちょっと場所を遠ざけ過ぎましたかね。
でも、仕方ないんですよ。ど真ん中は畑にするのですから、ちょっと外れた場所に小屋を立てなければいけませんでしたからね。
それでは、二人が馬車から降ろした荷物を運んでいる間に、私は小屋の内装を整えることにしましょう。
小屋の中へと足を踏み入れた私は、窓や家具を魔法で次々と作っていったのです。
荷物を運び入れた頃には、ちょうど日が暮れてしまいました。
魔法を頑張ったおかげか、生活のための一応の体裁が整ってしまいましたね。
「レチェ様、俺たちは夢でも見ているんですかね」
「いいえ、現実よ。自由気ままに暮らすと決まった以上、今まで我慢していたものを全部取っ払ってみただけです」
「素晴らしいです、レチェ様」
全部土魔法で作ったので、色が付いていなくて殺風景ですかね。
それでも、生活に困らないくらいのひと通りの家具は揃ったと思います。
長旅の疲れはありますが、公爵家から持ってきた食材を使い、イリスがその日の夕食を作ります。
それを食べ終えた私たちは、それぞれの別々の部屋に分かれて、今日の疲れを取るためにゆっくりと休むことにしました。
公爵領の端っこの自然豊かな場所。ここが私の新しい住処です。
何もないのどかな場所ですけれど、今まで以上に自由と時間があります。
ゲームの舞台である魔法学園に入れなかった以上、もうここで私の思うように好き勝手過ごさせてもらいましょう。
攻略対象の一人である公爵令嬢である私、レイチェル・ウィルソンの新しい生活が、今まさに始まろうとしているのです。