第4話 旅立ち
おじさまと相談した結果、水場の近い場所を紹介して頂けました。
ただ、さすがに私一人を暮らさせるわけにはいかないと、護衛がついてくることになりましたがね。
もちろん、侍女のイリスはついてきます。
できれば完全に独立して一人で暮らしたかったのですが、公爵令嬢ともなればそうもいかないというわけですね、はい。
「お嬢様、そのお姿は目立つのでは?」
イリスが指摘をしているのは、私の服装。
確かに、動きやすいパンツスタイルにしたのですが、いかんせんこぎれいが過ぎますね。これは確かに目立ちます。
「少し汚した方がいいですかね。農家の娘と見せかけるなら」
「あ、いえ。そうではなくて……」
イリスがなぜか言葉を濁します。
「あら、私は令嬢としてではなく、ただの農家として過ごしますのよ。ドレスの方がかえって目立ちます」
これには、イリスも黙り込みます。
やっぱり貴族目線な指摘でしたのね。
「そうですね。女性だとスカートが普通ですから、町娘風の服を仕立てて頂きましょうか。安物の布でいいですから」
「お嬢様にそんな格好、させられません。ダメです、絶対ダメです」
「イリス。私は身分を隠して活動しますのよ? 貴族と分かるような服装を着るわけにはいきません」
私が迫ると、イリスは困った表情をして引き下がります。
でも、身分を偽るのでしたら、もうひとつ問題があります。
それは、私の言葉遣い。
すっかり貴族令嬢としての教育のせいで、丁寧語が染みついてしまっています。今さら前世の言葉遣いに戻すというのも、かなり難しそうですね。
「仕方ありません。この際、言葉遣いは諦めましょう。これも適当に言えばごまかせるでしょうからね」
簡単にいかないことは、適当に理由をでっち上げる方向で進めることにしました。
「そうなれば、最後はこの髪色ですか」
私は部屋の中の姿見に映る自分を見て、ため息をつきます。
ウィルソン公爵家の髪色は、とにかく目立つのです。ゲームのメインヒロインのピンクブロンドまでとはいきませんが、落ち着いた蒼銀の髪はとても目立ちます。
これでは知る人にはすぐ公爵令嬢だと見抜かれてしまいます。
「イリス。私、この髪を染めます」
「え、お嬢様?!」
私は宣言をすると、鏡を見ながら魔法を使います。
「ラ・ギア・ダイ」
こう唱えると、私の手から魔力の光があふれ、みるみる髪の色が変わっていきます。
美しい蒼銀の髪は、ありふれた茶髪へと変化したのです。
「お嬢様、なんてもったいない!」
イリスが叫んでしまいます。
ですが、こうでもしないとひっそりと暮らすなんてことはできません。
私は騒ぐイリスを落ち着かせます。
「イリス、落ち着きなさい。これで私はレイチェル・ウィルソンではなく、ただのレチェとなりました。今後は私のことはレチェと呼び捨てにしなさい」
「そんな、できません!」
私が強く言い聞かせても、ものすごく反発してきます。
それだけ公爵令嬢に仕えているというのが、イリスの支えのひとつなのかもしれませんね。
髪を染め上げた私は、他の人に気付かれないように髪の毛を上げられるだけ上げると、つばの大きな帽子をかぶっておきます。これで髪の毛は見えないはずです。
「お嬢様、馬車の支度が出来ました。荷物の方はいかが致しましょうか」
「そうですね。貴族のものを持っていくわけにはいきませんから、肌着と靴を少々と植物図鑑を持って行くだけにしましょう」
「服はどうなさるおつもりですか」
「公爵領の街の中で庶民用の服を買い付けます。これからの私は、公爵令嬢ではなくただの農民です。馬車も公爵家のものと分からないものを使って下さい」
「畏まりました。では、馬車をご用意し直してまいります」
危ないですね。公爵家の家紋入りの馬車を使う気だったようです。
おじさまってば、これ以上の醜聞は避けなければなりませんのに、うっかりさんですね。
「では、イリス。玄関に向かいますよ」
「はい、お嬢……レチェ様」
ルーチェがいないのでお嬢様といえば私のことだけど、偽りの名前に言い直してくれましたね。
私たちは、最低限の荷物だけ持つと、玄関へと向かっていきます。
玄関にたどり着くと、おじさまが待ち構えていました。
「レイチェル、本当に良いのだな?」
「はい。もう決めたことですので、後戻りは致しません」
「そうか……。必要な農作業の道具は、公爵家の使い古しで悪いのだが馬車に積んでおいた。好きに使ってくれ」
「ありがたくお受け取り致します」
用意してもらえるなんて、十分ありがたいことです。精一杯のお礼を申し上げておきます。
外に出ると、私が指示し直した通り、家紋の入っていない馬車が用意されていた。
「あの馬車でいいのか?」
「はい。これから農民として生きていくつもりなのです。家紋入りは家の迷惑になるでしょう。ですので、これでよろしいのです」
「お前、ウィルソン家の名を捨てるのか?」
「あれだけの大失敗をしたのですから、追放は当然なのではございませんか?」
おじさまの問い掛けに、私はきょとんとした顔を向けます。
ですが、おじさまは大きなため息をついて私の肩をつかんできました。
「誰が大事な姪っ子を追放するようなことをするか。自由に生きても構わないとは言ったが、家名まで捨てろとは言っていない。つらくなったら、いつでも家に戻っておいで、レイチェル」
「……おじさま」
ああ、私はなんていい家族に恵まれたのでしょうか。
この家を捨てようだなんて、私ってば薄情すぎますね。まったくもって恩知らずです。
でしたら、迷惑をかけないように気をつけつつ、公爵家を盛り立てようではありませんか。
私は強い決意を持って、ウィルソン公爵邸を後にしたのでした。