第2話 公爵領へ
ウィルソン公爵領は、王都から馬車に揺られること八日ほどの位置にあります。
ウィズタリア王国の国土はかなり広いですが、八日も移動すれば国土の端っこに到達してしまいます。
私の家であるウィルソン公爵家は、辺境に追いやられたのではありません。ご先祖様が望んで、この辺境の地を賜ったそうです。
この国境に接するウィルソン公爵家は、森があったり、湖があったりとかなり自然豊かな場所なのです。
なので、お父様やお母様が私の療養にといって、領地に向かわせるのもよく分かるのです。自然の中では心も落ち着くので、早く癒えるだろうと。
「学園に通うからと王都に住むようになってからかなり経ちました。もう二年ぶりくらいでしょうかね」
「そうですね、レイチェルお嬢様」
馬車の外を眺めながら侍女のイリスに確認すると、すんなりと肯定する返事がありました。
「正確にはほぼ三年前ですが」
すぐさま訂正されてしまいます。
そうでした。十歳になった時に、家族そろって王都に移ったのでしたね。
もうそんなに前なのかと、私はお行儀悪く肘をついて窓の外を眺めていました。
私の乗った馬車が、無事に領内の公爵邸に到着しました。
さすがにここまで八日間の馬車の旅。前世でもここまで長い移動の旅は経験がないので、転生してから何度か経験してもまだまだ慣れませんね。
「う……ん……、はあ~……」
思い切り背伸びをして、体をよくほぐします。
座りっぱなしの旅っていうのは、体が凝ってたまりませんね。
ですが、私は公爵令嬢。はしたない行動は慎むものなのです。
あれこれと体をほぐしている間に、馬車は公爵邸の玄関に横付けします。
玄関の前には領地の公爵邸で働く使用人たちがずらりと並んでいて、何度見ても圧倒されてしまいます。オフィスビルの中でもここまでの人数が揃うことは、まず見ませんよ。
しばらくすると馬車の扉が開かれ、先にイリスが降りて私をエスコートしてくれます。
私が馬車から姿を現して、地面にしっかりと両足をつけた瞬間でした。
「お帰りなさいませ、レイチェルお嬢様」
使用人たちが一斉に挨拶をしてきたので、私は思わず目を丸くしてしまいました。
私がやらかしたことはこちらにも届いているはずなのですが、どうしてこうもしっかりと出迎えてくれるのでしょうかね。
「おお、よく来たね、レイチェル。兄さんから話は聞いているよ」
使用人たちの間から、一人の男性がゆっくりと歩み出てきます。
お父様の弟君である、私のおじさまです。
お父様を少し若くしたといえば、大体容姿は分かるでしょうかね。
え、お父様の容姿の描写がない? ……確かにそうでしたね。
辺境に等しい場所ですし、武術もそれなりにたしなんでらっしゃいますので、お父様もおじさまも体格結構どっしりしております。
貴族としての衣装の下に隠しきれない筋肉が、それは素晴らしいかぎりですよ。
「レイチェル?」
「これは失礼致しました。お久しぶりでございます、リキシルおじさま」
私は、徹底的に叩き込まれた淑女としての挨拶をしっかりと行います。
見てみなさい、この美しいカーテシーを。
私の見事なカーテシーに、使用人たちは感嘆のため息を漏らしている。
「ふむ、立派なものだ。とりあえず、長旅で疲れているだろう。誰か、レイチェルを部屋に案内してやってくれ」
「はい、それでは私が」
おじさまの声に、一人のメイドが名乗り出ます。
ああ、見覚えがあります。確か、イリスのメイドの指導を行っていたアリサでしたっけ。
「ふむ、アリサなら安心だな。レイチェル、詳しい話は夕食の席で聞かせてもらうから、それまでゆっくり休んでいなさい」
「はい、承知致しました、おじさま」
挨拶を終えた私は、アリサとイリスの二人に続いて、久しぶりとなる自分の部屋へとやってきます。
通された部屋の中は、王都に行く前に使っていた状態がそのまま残されていました。なので、クローゼットにかかっているドレスは、どれも十歳以前のものばかり。小さくてとても袖が通りませんね。
「レイチェルお嬢様、明日は早速街にドレスを買いに参りましょう。今の体格に合わせた服をすぐに作りませんと」
「そうですね」
アリサの目がきらりと光ったような気がして、私はつい笑ってしまいました。
「イリス、あなたも手伝いなさい。荷物は男たちに任せておいて、私たちはレイチェルお嬢様とお部屋をきれいにしますよ」
「はい、アリサさん。お任せ下さい」
二人が意気込みますと、どこからともなくメイドの群れが現れました。
私はあっという間に抱えられて、イリスと一緒に湯あみ用の部屋へと連れていかれてしまいます。
あれよあれよという間にきれいさっぱりにさせられてしまった私は、掃除が終わって見違えるほどきれいになった自室で夕食の時を待つばかりとなりました。
ただ待っているのもなんですから、その間にアリサとイリスに手伝ってもらって、運び込まれた荷物の荷ほどきを始めます。
「あの、レイチェルお嬢様、この本は……?」
荷ほどきの最中、アリサが私の荷物からとある本を発見してしまいました。
「ふふっ、それは内緒ですわよ」
「は、はい、分かりました。では、あちらの棚に置かせて頂きます」
「いえ、机の上にお願いしますね」
「畏まりました」
こうして、次々と私の部屋が賑やかになっていきます。
ちょうど荷ほどきが終わる頃、部屋の扉が叩かれます。
「レイチェルお嬢様、お夕飯の支度が整いました。リキシル様もすでにお待ちでございます」
「分かりました。すぐに向かいます」
もう夕食だそうです。
ちょうど片付けも終わりましたので、私たちはすぐさま食堂へと向かったのです。