第19話 視察が来ました
本日は、商業ギルドの方がいらっしゃいました。
アマリス様とハンナには隠れてもらい、私が対応している間に、イリスには服を着替えてもらいます。普段メイド服なんて着ているからですよ。
先触れの対応をギルバートがしてくれたおかげで、どうにか対応の時間を取ることができました。
アマリス様に隠れて頂いたのは、まだ商業ギルドには私たち三人だけとしか伝えていないからです。アマリス様は頬を膨らませていましたが、こればかりは仕方ありません。
お昼が過ぎた時のことです。ようやく商業ギルドの担当者がやって参りました。
私の相手をして下さった受付の女性がいらっしゃいます。確か、名前はミサエラでしたね。
そういえば、私の正体については秘密ということになっていますが、本日の担当者がご存じなのでしょうか。少し気になりますね。
「こんにちは、レチェ様。本日の視察を受け入れて下さり、誠にありがとうございます」
ミサエラが代表して挨拶をしています。
他にいる男性の方の方が、見た感じは偉そうなのですが、どうしてでしょうか。不思議に感じて私は首を傾げます。
「遠いところをわざわざありがとうございます。農園の代表でありますレチェと申します」
平民を装っていますので、私はカーテシーはしておりません。体の前で手を重ねて、深く頭を下げておきます。
ところが、私の姿を見た商業ギルドの方々が、なぜか感嘆の息を漏らしています。どうしてなのでしょうかね。
私は首を捻りますが、今はそれを気にしている場合ではありません。さっさと視察を済ませてお帰り頂きませんと。
私はイリスとギルバートに職員たちの脇を固めてもらい、畑の案内を始めます。
まだ始めたばかりとあって、それほど大きくはありませんので、すべての案内はすぐに終わってしまいます。
視察を終えた商業ギルドの方々は、なぜか腕を組んで唸ってらっしゃいます。思わぬ光景に、私たちは困惑してしまいます。
「ひとまず、座ってお話をしましょう」
私は、アマリス様たちからなるべく遠ざけるために、ギルバートの部屋をお話の場として使うことにしました。
絶対ややこしくなるのは分かっていますからね。
余計なトラブルは回避しておくべきなのです。
私はイリスにお願いして、お茶を用意してもらいます。日に日に暖かくなってきていますから、のどが渇きやすいですもの。
お茶を飲んでひと息ついたところで、商業ギルドからの話が始まりました。
「いやはや、子どもが農園を開くと聞いてどういったものかと思いましたが、思いの外しっかりなさっているようで安心しました」
少ししっかりとした体格の男性が、失礼を承知で本音をぶちまけていますね。
でも、そう思うのも分かります。農業の素人が、ちゃんと畑をできるわけがありませんからね。
残念でしたね。私には前世で得た知識と、今世で得た最高の相棒がいるのですから。
「ピッケルさん、少しはやんわりと仰ってはどうですか。あなたはいつもストレートすぎるんです」
ミサエラが男性を叱っています。
これはびっくりですね。もしかして、ミサエラって偉い立場の人なのでしょうか。
私の視線に気が付いたみたいで、ミサエラが私を見て唇に指を当てています。
なるほど、お互いに秘密を持ち合っているわけですか。ですが、ミサエラだけが私のことを知っているようではフェアではありませんね。いつかその正体を暴いてあげますよ。
私はそういわんばかりに、笑顔で返しておきました。
腹の探り合いを終えて、今回の商業ギルドによる視察は無事に終了しました。
生育は順調ということで、収穫の時期に合わせてまたいらっしゃるそうです。
「素人ばかりでの農業はどうなるかと思いましたが、この状況なら大丈夫そうですね。それでは、三か月から四か月後の収穫の時期を楽しみにしています」
ミサエラが眼鏡をくいっともち上げながら、私たちにキリッとした表情で言い残していきます。
商業ギルドの人たちが無事に街へと戻っていき、ようやく私たちは全身の緊張が抜けました。
「ギルドの相手ってこんなに疲れるのかよ」
「レチェ様、評価が高そうで安心しましたね」
「ええ。これも二人とノームたちが頑張ってくれているおかげです。もちろん、アマリス様たちも」
緊張から解き放たれたギルバートは、テーブルに突っ伏していました。
護衛として常に緊張に身を置いているはずなのに、どうしてここまで疲れているのでしょうね。
「あのなぁ、レチェ様。上官や戦闘とはまた違うんだよ、ああいう人たちとは腹の探り合いになるからな」
なるほど、緊張の種類が違うというわけですか。これはまたひとつ学びましたね。
「それでは、商業ギルドの方々も帰られましたし、アマリス様たちの様子でも見に行きましょう」
「そうですね。ギルバートは畑の世話をお願いね」
「なんで俺だけ!」
「当たり前です。あなたは唯一の男性です。淑女の部屋にむやみやたらに近付くものではございません」
「くっそーっ! やってくればいいんだろ。見てろよ、文句のつけようのない仕事をしてくるからよ」
捨て台詞を吐きながら、農具を持ってギルバートは外へと走っていきました。
私はついおかしくて笑ってしまいましたね。
ともかく、無事に商業ギルドの視察は終わりました。
専門の方からの高評価を頂きましたので、これからもこの調子で頑張っていきましょう。




