第182話 互いのサプライズ
まったく、魔法学園に入れなかったことで貴族のしがらみから逃げたつもりでしたが、やはりこうなってしまうのですね。
私はウィズタリア王国の王都に、再び足を踏み入れていました。
門番には驚かれてしまいましたが、私は一路ウィルソン公爵邸を目指します。
さすがに王都を行く人たちは、ラッシュバードには驚きもしません。なにせ、アマリス様もよく乗っておられるそうですからね。
「お父様、お母様、ルーチェ。ただいま戻りました」
「おお、レイチェル、お帰り」
「お姉様、お帰りなさい」
玄関を開けて中に入りますと、総出で出迎えを受けてしまいました。どうやら、連絡が来ていたようですね。おそらく、アマリス様でしょう。
「レイチェル、話は聞いているね?」
「はい、お父様。アンドリュー殿下の卒業お祝いのパーティーですよね?」
「うむ、その通りだ」
お父様をそう仰いますと、どこか別の場所に視線を向けてます。一体、どこを見ていらっしゃるのでしょうか。
それにつられるようにして、私は首を傾げてしまいます。
「まあまあ、お姉様。ひとまずお疲れでしょうから、部屋に参りましょう」
「え、ええ。そうですね」
ルーチェが背中を押してきますので、私は部屋に戻ることにします。
侍女であるイリスも、護衛であるギルバートもおりませんので、今は代わりにルーチェの侍女が一時的に私の世話にも回ることになったようです。
ルーチェと一緒に部屋にやってきた私ですが、扉を開けたところで驚かされてしまいます。
「ちょっと、これは何ですか?」
「何って、お姉様のドレスですよ?」
ルーチェがしてやったりという表情で笑っています。これは、あらかじめ狙っていましたね?
「ルーチェ。やってくれましたわね?」
「お姉様の体型は把握しておりますもの。パーティーに呼ばれると分かっていましたから、私が代わりに注文を出しておいたのです。服飾店の主人や職人たちも張り切っていらっしゃいましたわよ」
「まったくもう……」
私はルーチェの笑顔に呆れてしまいます。
ですけれど、私たちの姉妹仲の良さを改めて認識させられてしまいました。可愛い妹のことを大事にしてきてよかったと思います。
「ありがたいですけれど、今はお風呂が先でしょうか。長旅でしたからね」
「はい」
ルーチェはくすくすと笑いながら、返事をしていました。
そして、お風呂を出た私は、なぜか厨房にいました。
「れ、レイチェルお嬢様、何を?!」
「今日は私が夕食を作ります。食堂を経営している私の手料理を振る舞わせて頂きます」
「ええっ?!」
そう、家族のためにて料理を作るのです。私がきちんとやっている証拠を、ここに見せるのです。
当然ですけれど、料理人たちからは慌てて止められる始末です。ですが、私も引きません。
「よいしょっと」
私は持ち込んだ魔法かばんから、自家製のソースの入った瓶を引っ張り出します。
「公爵家の食材庫を見せて頂いてもよろしいかしら」
私がにっこりと微笑むと、誰も拒む者はいませんでした。
食材庫にあるものを確認して、私は作るものを決めます。
まずはパンを作ります。発酵を待っている間に骨付きの肉を引っ張り出します。肉をしっかりと外した骨を、適度に魔法で砕いてお湯の中で煮出し始めます。
料理人たちは私が何をしているのか気になっているようですね。
パンの二次発酵の間を使い、私は具材を切っていきます。鍋の方もいい感じに出汁が取れたでしょうから、火からおろしてこしておきます。これはさすがに料理人たちに手伝ってもらいました。重いですからね。
「こんな骨を茹でたお湯で何をするんですかね」
「シチューを作りますよ。そのために、ソースを持ってきているんですから」
「シチュー?」
料理人たちが首を傾げています。スープはあってもシチューはないって、本当におかしな世界ですね。
こして、骨と灰汁を取り除いた牛骨ダシに、切って炒めた野菜や肉を放り込んで茹でていきます。
ある程度煮立ってきたら、そこに瓶に入ったソースを投入して、さらに煮込んでいきます。味を調えるために、赤ワインも投入ですよ。
料理人たちは、私が何をしているのか興味津々のようですね。
「できましたよ。レイチェル特製のビーフシチューです」
私はにこやかに振り返ります。
「ささっ、ちょっと味見をしてみて下さい。私も味を見てましたので、保証はします」
料理人たちはおそるおそる、私の作ったシチューをすすっています。
「こ、これはっ!」
「新しい味だ。牛骨はいつも砕いて肥料にしていたが、こんな使い方があるとは!」
料理人たちも大騒ぎのようですね。これならば、お父様たちも驚いてくれそうです。
ちょうど、料理人たちに頼んで焼いていたパンも焼き上がったようです。これで、夕食の準備は整いました。
ええ、何か忘れている気がしますが、それは夕食の後に回しましょう。
私が料理を持って食堂に参りますと、ルーチェにすっごく睨まれていました。
ああ、そうでした。ドレスの試着をするという話だったような気がしますね。すっぽかされてしまったので、ルーチェは怒っているというわけのようです。
もちろん、私は謝っておきましたよ。食事の後で試着すると約束しますと、ルーチェは機嫌を直してくれました。
姉妹の仲直りが終わったところで、私は作った料理を食べてもらうことにします。
「レイチェル。これをお前が作ったというのか?」
「はい。これでも食堂を経営していますからね。常に、新しい味を求めております。ささっ、どうぞお召し上がりください」
私が勧めますと、お父様たちはおそるおそる味わってらっしゃいました。
ですが、一口味わうと一瞬で表情が変わってしまいました。
喜んで頂けたようでなによりです。
そんなわけでして、この日の夕食はとても和やかな雰囲気で過ごすことができました。
卒業お祝いのパーティーまでの緊張が、少し緩んだ気がしましたよ




