第181話 三年の月日
気が付けば、秋も深まり収穫の時期を迎えていました。
私の食堂には、新たに開発したソースと共に、魚料理も並ぶようになりました。二店舗目は一年以上経過してからという条件を突き付けられたので、やむなくこうなりました。
魚料理は珍しいので、食堂は毎日のようににぎわっております。
実りの秋ということで、農園の方も忙しいようです。農園に住むノームたちはもちろん、どういうわけかキララたちラッシュバードも手伝っての収穫になっているそうです。冒険者たちには頭が悪いと言われているラッシュバードですが、なかなか賢いようでして、ちゃんと出荷するお野菜は避けて突いているようです。
まあ、農園は総出で大忙しということには変わりありませんね。うまくやっているようで安心です。
そんな忙しい最中、私の手元に一通の手紙が届きました。
「あら、この封蝋は……」
高級そうな封筒に、見たことのある封蝋。ええ、これはもしかしなくても、差出人が分かります。
「レチェ様、王家からのお呼び出しですか?」
「そうみたいです。中身は見てはいませんが、時期的に見てアンドリュー殿下の卒業祝いのパーティーへのお誘いでしょう」
差出人の名前は国王陛下ですね。
この時期はちょうどゲーム内でエンディングを迎えるタイミング。そのタイミングで届いた王家からの手紙。よっぽど鈍くない限り、内容は丸わかりです。
私はイリスに食堂のことを任せて、部屋に戻って手紙を読むことにします。
部屋の机の前に座り、ペーパーナイフできちんと開封します。
手紙を取り出して目を通してみますと、やはり予想通りの内容が書かれていました。
『レイチェル・ウィルソン公爵令嬢。此度、アンドリューの魔法学園卒業を祝うパーティーに招待する。王命ゆえ、必ず出席するように』
しっかり『王命』という単語まで使って、私の逃げ道を塞いできましたね。まったく、そこまでして私を参加させたいのですか。ため息が出てしまいます。
「やれやれ、必ず行かなければいけないみたいですね」
私は手紙をしまいますと、商業ギルドに向かいます。
パーティーに参加するとなると、ドレスを調達しなければなりません。私の裁縫魔法で仕立ててもいいのですが、やはりここは専門家に仕立てて頂くのが筋ですからね。
ミサエラさんは私のお父様の弟の妻ですから、一応公爵家とはかかわりがあります。なので、相談相手としても間違ってはいません。
そんなわけで、商業ギルドにやってきた私は、ミサエラさんと相談をすることとなりました。
「……今からドレスを仕立てるですか。無茶を言われますね、レイチェルさん」
ミサエラさんは頭を抱えていました。
確かにその通りですよ。
でも、まさかパーティーに呼ばれるとは思っていませんでしたし、私は商会の仕事にかかりっきりで完全に失念していましたからね。
「で、でも。デザインさえ出して頂ければ、私の裁縫魔法で飾り以外はすぐに作れますよ?」
「それはそうですけれど、仕立て屋をどうやって見つけるのですか。ここは公爵家のひいきの土地ですが、領都ではありません。私がここにいるのは、他国との取引もある重要拠点だからですよ?」
ミサエラさんに熱弁されて、黙らされてしまいます。
ああ、これはどうしたらいいのでしょうかね。
「王都に行かれてはどうですかね。王都ならば、公爵家の権力を使っていくらでもねじ込めると思いますよ」
「でも、それはさすがに迷惑でしょう」
「先程自分で仰られたではないですか、裁縫魔法ですぐに飾り以外は作れると」
「……くっ」
自分で言った言葉を、すぐさま返されてしまっては、私も黙らざるを得ませんね。
さすがは商業ギルドの副マスター。頭の回転が良すぎます。なにもまったく言い返せませんよ。
「分かりました。農園も食堂も私の手を離れていますし、すぐに準備をして王都に向かうことにします」
「ええ、そうして下さい」
やむを得ません。パーティーに参加するのに元公爵令嬢としてみすぼらしい姿を見せつけるわけにはいきません。
「あっ、染めていた髪も元に戻した方がいいですよね?」
「そうですね。今回のパーティーには他の貴族の方もいらっしゃいますし、レチェ商会のレチェではなく、レイチェル・ウィルソン公爵令嬢本来の姿を見せた方がいいでしょう」
「はい、そうさせていただきます」
私はミサエラさんと別れまして、食堂に戻ります。
戻りましたら、すぐさまイリスを呼んで話をすることにしました。
「レチェ様、お呼びでしょうか」
「はい、イリス。私は明日から王都に向かいます。アンドリュー殿下の卒業祝いのパーティーに参加しなければなりませんからね」
「……王命、でございますよね?」
「その通りです」
さすがは王宮にも何度となく足を運んだイリスですね。すべてを悟っているようでした。
「ですので、私が不在の間、こちらのことはよろしくお願いしますね」
「承知致しました。お任せ下さいませ」
私はイリスの返事を聞いて、アムス王国のマソルとの間で取引に使っている魔法かばんをイリスに預けます。
今回、私は何日で戻ってこれるか分かりませんからね。すべてをイリスに託します。
「それでは、私は出発する準備と明日の仕込みを始めます」
イリスはこくりと頷き、魔法かばんを受け取ってくれました。
さあ、いよいよゲームのラストを飾る卒業祝いのパーティーですか。
魔法学園に入れなかった私が、その場に立つことになるとは思いもよりませんでした。
何事もなく、無事に終わるといいのですが。
ちょっとした心配を抱えながら、翌日の朝、私はスピードに乗って一路王都を目指したのでした。




