第172話 依頼は早めにこなすもの
翌日ですけれど、荷物が届いたのはお昼前でした。
期限までまる一日消えてしまいましたけれど、国王陛下からのご注文でしたし、向こうで用意して頂けるのは助かりましたね。
そこから私の部屋まで運び込むのにも時間がかかりまして、結局作業に取り掛かれたのは夕方でした。
「お姉様、大丈夫そうですか?」
ルーチェが心配そうに見ています。
「ええ、このくらいでしたら大丈夫ですよ。五十くらいでしたら、一日あれば大丈夫ですからね。それこそ、作り直しとかいう理不尽なことさえなければ、まったく問題ありません」
ルーチェの顔をしっかりと見ながら、私は笑顔で答えておきます。
私は昨日、ラッシュバードの刺繍の入った魔法かばんをこさえておきましたので、それに入れれば不正のしようはありません。でき上がれば、そこにしまっていくだけです。
ともかく私は、一生懸命に要求をこなしていくだけです。
食事も部屋で取りながら、私は黙々と作業を続けていきます。
大量に積まれた布ですけれど、運び込んできた商業ギルドの方たちから特に説明はありませんでしたね。王家絡みとはいえ、大量の布地の納品に嫌気がさしている感じでした。
普通ならば公爵家に対してどうたらこうたらというような場面でしょうが、私は特に指摘は入れませんでしたね。罰ですから、とりあえず甘んじておくつもりです。
山になっている布は茶色いものと白いものです。なので、茶色い布は魔法かばん用と判断して使っております。布地も厚めですしね。
ええ。作業前にもちろん確認させていただいてますよ。商会を開いていますのに、そんな基本的なことをさぼるわけがありません。
「ラ・ギア・ソー。タ・シェド・ペス」
私の部屋からは、こればかりが響き渡ります。
さすがにずっと連呼しておりますと、前を通る使用人たちがびびっていたそうですよ。
かばん一個で馬車二台分の容量ということは、馬車を一台用意すれば、一度に三台分の荷物が運べます。単純に三倍ですね。それがどれだけ大きなことかは、さすがの私でもよく分かりますよ。と言いますか、分からない方が異常だとは思いますがね。
私はそんなかばんを今大量に作っているんですよ。王家の命令とはいえ、こんな数を用意して何をするおつもりなんでしょうかね。
嫌がらせとはと思っておりますけれど、用意できた時のことは考えていらっしゃるのでしょうか。いろいろと思いながらも私は魔法かばんを作っていきます。
翌日の昼前には、予定数の五十個を仕上げてしまいます。
確認するために、一個一個ラッシュバードの刺繍を入れながら数えていきます。
もちろん、分かりにくいように小さくですけれどね。私が作ったという証明を入れるために入れてるんです。
「よし、できましたね」
「もうできたのですか、お姉様」
なぜかお昼をルーチェが持ってきたみたいでして、私の声に驚いています。
「はい、五十個ちゃんとできましたよ」
「お姉様、すごすぎませんか?」
ルーチェがテーブルの上に食事を置きながら、目をまんまるとさせながら話しています。
「そうでしょうかね。私の魔法だと、ツーステップで完成してしまいますから、むしろ時間がかかり過ぎたと思っています」
「いやいやいや、魔力の量を考えたらおかしいですよ、お姉様」
私が残念そうにしていますと、ルーチェからは指摘が飛んできました。おかしいんですかね?
「まあ、一段落つきましたので、お腹が空いたのは事実ですね。ルーチェが運んできたということは、一緒に食べるつもりなんですか?」
「はい。せっかくお姉様がいらっしゃるというのに、一緒に食事が取れないのは耐えられませんでしたので」
「もう、少しは姉離れをして下さい。アンドリュー殿下の婚約者は、今はあなたなのですからね」
「は、はい……」
私に叱られて、ルーチェはなんだか残念そうな顔をしています。まったく、いくつになっても甘えん坊なのですから。
ですが、ルーチェとの食事はいい気分転換になりました。
ルーチェの励ましを受けて、私は水着の製作に取り掛かります。
「ラ・ギア・ソー。タ・ギア・ハス」
今度はこんな魔法の掛け声が百回続くんですよね。あとで聞きましたら、やっぱり使用人たちが怖がっていたそうですよ。自業自得かもしれませんけれど、発注したのは陛下ですからね?
あとで聞いた時、私はなんともいえない気持ちになりましたね。作っている最中は必死でしたので、気にはなりませんでしたけどね。
結局ですが、すべてを作り上げたのは、布が届いてからまるっと二日後の夕方でした。
「できましたわ……」
魔法かばん五十、男性用水着五十、女性用水着五十。確かに私は作り上げました。ちなみにですが、すべてにこっそりとラッシュバードの刺繍を入れたのは内緒です。納品の際に陛下に告げてびっくりさせるつもりですよ。意趣返しですね。
それはさておきまして、でき上がった製品は、すべて私の使う大きくラッシュバードの刺繍が入ったカバンに詰め込んでおきます。さすがは馬車二台分の容量の魔法かばんですね。これだけの量が難なく入ってしまいました。
「レイチェル、もうできたのか?」
「はい、お父様」
「早すぎないかしら、レイチェル」
「寝食を気にしなければ、もっと早かったと思いますよ、お母様」
「お姉様、無茶はしないで下さい」
「もちろんよ、ルーチェ」
みんなからの言葉に、私は順番に返していきます。目の下にはうっすらとクマができているので、多少は無茶をしたのは否めませんね。
「完成しましたので、今からでも……と言いたいところですが、明日の朝、お父様の登城に合わせて納品する予定です」
「あ、ああ。それがいいだろうな」
私の意見にお父様は同意して下さいました。
そんなわけでして、完成させた依頼品を、明朝にお届けする運びとなりました。
今日のところは、久しぶりに家族そろっての夕食を楽しむこととしましょう。
さあ、国王陛下の驚く顔が見ものですね。
そんなことを思いながら、その夜は私は楽しそうな気持ちで眠りにつかせてもらいました。




