第171話 勝負の百五十
私は久しぶりの公爵邸だというのに、まったく落ち着けません。
それというのも、一週間で魔法かばん五十と、男女別の水着五十の注文を受けたからです。せめてデザインでもあれば違いますのに、水着だけ作れと言われても困ったものですよ。
「お姉様」
部屋で悩む私のところに、ルーチェがやってきました。
「どうしたのですか、ルーチェ」
私は腕を組んで悩んでいた顔を上げて、ルーチェの方を見ます。
「大丈夫ですか、お姉様。大分、思い詰めてらっしゃるみたいですけれど」
「ええ、大丈夫ですよ。数自体は無茶ではありませんが、問題は水着のデザインなのですよね。シンプルな柄なしでいいとは思うのですが、どのような服装にすればいいのか分かりませんのでね。せめて用途でも分かればいいのですが……」
ルーチェの疑問に、私はこう答えておいておきます。
そう、魔法かばんも水着も、上級魔法を付与するとはいっても労力はしれているんです。本当に問題なのはデザインだけなんですよ。
「私もよくは分かりませんので、お父様にお聞きになられてはいかがでしょうか。国王陛下がどういった意図で注文を出されたのか、お父様ならきっと知っていらっしゃると思います」
「……そうですね。そう致しましょうか。なにせ水着は前例のない代物です。私が作ったものがこの世界の標準となるでしょうから、下手なものは作れませんからね」
そんなわけでして、私はルーチェの提案に従って、お父様のところへと向かいます。
部屋をノックいたしますと、お父様はすんなりと通して下さいました。
こうやって面と向かって話をするのは、一体いつ以来でしょうかね。
「なんだ、レイチェル。私に質問でもあるのか?」
「はい、お父様」
なんとも不機嫌そうな顔ですね。私がそれだけのことをしたゆえなのでしょうが、さすがに邪険にされたような表情はこたえますね。
「国王陛下の出された注文ですね」
「ふむ、質問を聞こうか」
お父様が私と話すになっていらっしゃいます。なので、私はすぐに話を始めます。
「水着についてデザインの指定がなかったのです。国王陛下からの注文ということは、用途に想像はつくのですが、やはり具体的なデザインのイメージを確保するには、しっかりとした情報が必要と思いまして。それで、お父様を頼った次第です」
私はしっかりと理由を話します。
少し邪険にしていたお父様ですが、私の話を聞いて、ちょっと考え込んでいらっしゃるようです。
しばらく考えていらっしゃったお父様ですけれど、何か思い当たったらしく顔を上げます。
「やはり、騎士団だろうかな」
「お父様もそうお考えですか?」
ルーチェが反応します。やっぱりルーチェも同じことを考えていたのですね。
ですが、騎士団だとしても疑問が残ります。
「数が同数っていうことが気になりますね。騎士団は圧倒的に男性の職場です。騎士団に配るのであれば、数を同じにする必要はないでしょうから」
「そこまではさすがに私も分からん。ひとまずはそれを前提としてイメージしたものを作ればいいのではないかな?」
残っている疑問を口にしますと、お父様からはそう返ってきました。
そうですね。騎士団が使うという前提でイメージすればいいですわよね。
納得のいった私は、お父様にお礼を言いまして、部屋を去ろうとします。
「まあ、待て」
ところが、私はお父様の呼び止められてしまいます」
「ここで改めて、魔法かばんの作製を実演してくれないか?」
「は、はあ。よろしいですけれど」
どうせ納品のための材料は明日にならなければ屋敷に届きません。今頃商業ギルドが必死にものをかき集めているはずです。
なので、公爵家の中で余っている布を使って作ることにします。
「ラ・ギア・ソー」
私は普通にかばんを作り上げます。
魔法があれば、端切れであってもきちんとした形になります。
「城でも見たが、かなりでたらめな魔法だな。あの不揃いにもほどがあるという切れ端から、どうしてこんなきれいなかばんができるのか」
「イメージでどうとでもなりますよ」
「まったく……。まさに魔法といった感じだな」
そう言っていたかと思いきや、お父様はルーチェを見ます。
「どうだ。ルーチェもできそうかな?」
「わ、私ですか?!」
突然のことにルーチェは驚いています。ですが、私の顔をじっと見たかと思えば、なんとなくですが気合いを入れていました。
ルーチェの前に、私と同じように端切れが運ばれてきました。
「かばんをイメージ、かばんをイメージ……」
ルーチェが私の真似をしようとして、かばんをしっかりと頭に思い浮かべています。
「ラ・ギア・ソー!」
ルーチェが魔法を発動させると、端切れが光って形が変わっていきます。
ですが、光が消えて出来上がったのは、私の作ったものの半部くらいの大きさのかばんでした。しかも、かなりつぎはぎです。
「ああ、お姉様のようには参りませんね」
ルーチェは悔しそうですが、初めての割にはできた方だと思いますよ。
「ルーチェ。ちゃんとかばんの形になっているだけでもすごいですよ。最初は制御できずに形にもなりませんから。さすが、私の妹です」
「えへへへ。ありがとうございます、お姉様」
私がフォローを入れますと、ルーチェはとても嬉しそうですね。
話も終わりまして、これで私たちは部屋に戻っていきます。
夕食までの間、私はとにかく水着のデザインに時間をかけました。イメージを確実にさせるために、わざわざデザイン画まで描きましたよ。
本番は王家から届けられる布が手に入ってからです。
私はとにかく気合いを入れ、しっかり実行できるようにと早めに休むことにしたのでした。




