第166話 急なお呼び出し
私たちが街の食堂に戻ってきてから五日後のことでした。私は商業ギルドに呼び出されました。
「なんでしょうか、ミサエラさん」
呼び出された理由をミサエラさんに確認します。
ミサエラさんの顔を見ると、なんだか怒っているように見えるのですけれど、気のせいでしょうか。
「お久しぶりですね、レイチェルさん」
「ネイド様。商業ギルドのマスターがわざわざこちらまでいらしたのですか?」
ミサエラさんにばかり気を取られていて、マソルの商業ギルドのマスターであるネイド様の姿に、声をかけられるまで気が付きませんでした。これは失敗しましたね。
「レチェさん、いえ、レイチェルさん。お聞きしてもよろしいでしょうか?」
ミサエラさんが名前を言い直してまで迫ってきます。間違いなく怒っていますね、これは。
「えっと、ネイド様。こちらにいらしたということは、取引を行っていただけるということですね?」
そんなわけで、私は話題を逸らします。
わざわざこちらにいらしたということは、先日の交渉が実行されるということですから。取引に来たのは間違いないでしょう。
「はい、もちろんですよ。これほどの大口の取引は、まずありえませんからね」
「まったく、何を買ってきたんですか、レイチェルさんは……」
ものすごく呆れた顔をしてみていますね。それよりもまとっているオーラが怖いんですけれど。
私はひとまずじっと黙って座っておきます。下手なことを言い出しますと、絶対墓穴を掘りますから。ひとまずはこのまま様子を見ましょう。
そんなことを言っているそばから、ネイド様からラッシュバードマークの魔法かばんが出てきます。
そのかばんを見た瞬間、ミサエラさんの顔つきが思いっきり変わりましたね。
なぜかといいましたら、ラッシュバードのマークのせいです。これが私のところの扱いだという証拠になりますからね、現状では。
目を泳がせていますと、ミサエラさんがにっこりと微笑みながら私に声をかけてきます。
「レイチェルさん、事情を説明してくれないかしら」
すっごく怖い笑顔です。これは逃げられませんね。
「ごめんなさい、ミサエラさん。私、魔法かばんが作れるんです」
「なんですって?」
ものすごくギロリと睨まれています。
「はい、これはレイチェルさんが目の前で作られた魔法かばんです。自分のところのものだと分かるように、このように丁寧な刺繡まで入れて下さいましてね」
「……まったく、姪っ子ときたら、とんでもないことをしてくれますね」
「姪っ子?」
「ああ、今のは忘れて下さい。それはそうと、レイチェルさん。一体マソルで何を仕入れてきたのですか」
さすがに驚きすぎたせいなのでしょうか、ミサエラさんはおとなしく取引の内容を確認してきます。
なので、私はおとなしくその時の注文票の写しを差し出します。同時に、ネイド様からも注文票と納品書が差し出されます。
ミサエラさんはをそれを手に取って、じっと見つめています。
「魚と海藻と塩ですか。確かにマソルは海に面したところですからね。ですが、日数を考えれば、魔法かばんがあったとしても無事に運べますでしょうかね」
「大丈夫ですよ。私の魔法かばんなら、中のものは傷みませんので」
「……え?」
私はすっと立ち上がり、かばんの中から適当に一匹魚を取り出します。
出てきた魚は、獲れたてのように新鮮な状態で出てきました。うん、磯の香りがまだしますね。
「うそでしょ……。それが事実なら、遺物級の代物ですよ」
ミサエラさんの驚き具合からしますと、おそらく私のいただいたかばんでは、時間停止とまではいかないようですね。
つまり、六日間もかばんの中に入れていれば、多少なりと傷んでいた可能性があるというわけですか。ふむふむなるほど。
私がミサエラさんの様子から分析していますと、ミサエラさんが私の隣まで移動してきます。
「レイチェルさん」
「なんでしょうか、ミサエラさん」
「今からでも遅くありません。一度王都に向かって、国王陛下に報告をしましょう」
「え?」
ミサエラさんからの申し出に、私は思わず固まってしまいます。
なにせ婚約者をルーチェに変更したことで、二度と縁のない場所だと思っていましたからね。
だというのに、ここで国王陛下と謁見となりますと、またアンドリュー殿下との婚約話に発展しかねません。それだけはどうしても避けたいところです。
「ど、どうしてですか、ミサエラさん」
「ものの劣化しない魔法かばんなんてものを作れるんです。国家で保護しないと他国に引き抜かれては困ります。ネイドさん、あなたも黙っていて下さいね」
「もちろんですよ。レイチェルさんはいい取引相手ですから、国に持っていかれては大損をしかねません。私の勘が言っているのです。このままの方がよいと」
ネイド様はにっこりと微笑んでいます。どうやら私のことは、アムス王国の中心までは伝わることはなさそうですね。ネイド様の対応に、とりあえずはほっとします。
ですので、現在の問題はこちらです。
ミサエラさんは、間違いなく私をお城まで連れていくつもりです。
私は海産物と塩が欲しかっただけなのですが、どうしてこうなったのでしょうか……。困ったものですよ。




