第15話 街の光と影
アマリス様の泣き落とし作戦にしっかりとはまってしまい、公爵領の外れのひっそりとした場所で共同生活が始まってしまいました。
ですが、このような場所でアマリス様のような格好は目立って仕方ありません。私はギルバートを護衛として残し、近くの街へとアマリス様に似合う服を買いに出かけました。
年齢はひとつ下ですが、アマリス様は育ちがよろしくありません。同い年の方たちと比べても、少し背が小さいのです。
「イリス、アマリス様にはどのような服がよろしいでしょうかね」
「庶民となれば、着られればいいという感覚ですが、アマリス様ともなると……」
何かを言いかけて、イリスは黙り込んでしまいました。どうしたのでしょうかね。
私はイリスの気持ちがちょっと分かりませんね。
アマリス様はちょっと小さくて可愛いと思うのですが、何を思って黙り込んでしまったのでしょうか。
首をひねりながら、私は街の服飾店へとやってきます。
「いらっしゃいませ。庶民の方ですか。うちは庶民の方でも大歓迎ですよ、どのような服をお探しでしょうか」
しっかりとしたドレスを着こんだ店員が対応してくれます。とてもにこやかですね。
庶民でもちゃんとお客扱いをするのは、お父様の方針の賜物ですね。
公爵領の生活がきちんと成り立っているのは、庶民の方々がきちんと農業などで下支えをして下さっているからです。
きちんと領民として丁重に扱う様にというのが、お父様の考えです。店員の態度は少し引っ掛かるところもありますが、概ね良好です。
「一歳年下の妹のために新しい服を買いに来たのです。以前の服をだめにしてしまいまして、やむをえずといったところですね」
「左様でございますか。どのような服をお求めですかね。庶民の方の服ですと、あちらのあたりなのですが」
店員は手のひらを上にして指し示すのではなく、人差し指を向けて示しています。貴族への対応とは違いますね。
イリスがちょっと眉を動かしていますが、トラブルを起こすのはやめておきましょうね。昨日の薬草を売ったお金があるのですから、それで黙らせましょう。
私はイリスの肩を持って、店員が指し示した方へと歩いていきます。
「ゆっくり見させて頂きますね」
「はい、ごゆっくり」
私は、事を荒立てないように、素早く店員と距離を取ったのでした。
店員の指し示した場所まで移動した私たちですが、イリスが非常に不機嫌で困っています。
「ぐぬぬぬ、お嬢様に対してあの態度、許せませんね」
「やめなさい、イリス。今の私はレイチェルではなくレチェです。思うところはあるでしょうけれど、今は用事を済ませてしまいましょう」
「畏まりました」
イリスってば、庶民と身分を偽っている現状が分かっていませんね。
とはいいましても、私はもう公爵令嬢として表に立つつもりはありませんけれど。私の失態のせいで落ちてしまった公爵家の評判を、ルーチェのためにも回復してあげませんとね。
その前に、アマリス様の服を買いませんと。着回しを考えて二着というところですかね。
庶民であれば同じ服を何日も着続けるそうですが、元が王侯貴族ですと、同じ服を着続けるというのは耐えられないでしょう。
「イリス、この辺りの服がよろしいと思いません?」
私は自分の体に服を当てながら、アマリス様の服を選んでいきます。
着続けていると思わせられるように、極力似たデザインのものを二着選びます。肌着もセットです。
アマリス様の頭は私のあごよりも下にありますからね、このくらいの大きさがちょうど合うと思うのですよ。
イリスに見せてみたところ、いいのではないかという判断でした。
買う服が決まりましたので、店員のところへ持っていって会計をします。
「お会計はこのくらいですけれど、お支払いは?」
「即金ですよ。この通りございますので」
私はにこりと微笑んで、台の上にお金を出します。
大金がポンと出てきたので、店員がものすごく驚いた顔をしていますね。
「うふふ、たまたまですがいいものが手に入って商業ギルドに買い取って頂きました。そのお金ですよ。噓だとお思いでしたら、ご確認下さい」
自信たっぷりに笑顔で話すと、店員は渋々会計をしていました。
ええ、ダメですよ、そのような態度は。
私の正体を知ったら、きっと腰を抜かすんでしょうね。まあ話しませんけれどね。
無事に服を買ってお店を後にします。
目的を達成できたことで、私の顔は満面の笑みが浮かんでいます。きっとにやけすぎてて気味が悪いでしょうね。
「さて、必要な食材があったら買って帰りましょうか。荷物は頼みますよ、イリス」
「畏まりました、レチェ様」
くるりと振り返った私に、少年がぶつかってきます。
「なんですか、今の少年は!」
私がよろめいたので、イリスが怒っています。
「大丈夫ですよ、イリス。今の少年はスリでしょうね。でも、残念でしたね。私の防護魔法は完璧です。お金も荷物も全部無事ですよ、ほら」
私はイリスの目の前に、たくさんのお金が入った袋を出してみせます。振ってみるとじゃらじゃらという重い音がします。
「服を買って出てきたので、お金を持っているとみて突進してきたのでしょう。普通の女性なら盗られていたでしょうが、相手が悪かったですね」
「そうですか、それはよかったでございます。しかし、そのような行為に及ぶ者がこの街にもいるとは……」
「まったくですね。領内全員の生活をよくするというのは、それだけ難しいということです。そのためにも、私たちは農園をなんとしても成功させませんとね」
「畏まりました。私もできる限り助力いたします」
先程の少年のことは気がかりになりましたが、今日のところは先を急ぎますので農園に戻るとしましょう。
私たちは改めて、領地経営の難しさというものを肌で感じたのでした。




