第14話 押しかけられました
農園に戻ってきた私が目にしたものは、思いがけない人物でした。
お留守番をしていたイリスがすごく対応に困っている。
それもそのはず。そこにいましたのは、このウィズタリア王国の王女様なのですから。
アマリス・ウィズタリア王女殿下。
彼女は私を慕うひとつ下の少女です。
はて、彼女は王都にいるはずなのですが、なぜここにいらっしゃるのでしょうか。
二人のやり取りを離れて見守りながら、首を傾げてしまいます。
「あれは、アマリス王女殿下ではないですか。どうしてこちらにいらしてらっしゃるのでしょうか」
王族相手とあって、ギルバートが丁寧な言葉遣いになっていますね。
どうしてといわれましても、それは私が知りたいことです。
私が呆然と立っていると、アマリス様が私の方に気が付きます。
イリスとの話を打ち切って、アマリス様が勢いよく私の方にやってきます。これは、ばれていますかね?
「髪の色を変えたところで、私の目はごまかせませんよ、お姉様。どうして王都から姿を消されたのですか! 私、心配しましたわよ」
ああ、やっぱりばれています。
蒼銀から茶髪に変えましたのに、まったくもって無駄でしたね。
そうなのです。アマリス様はこういう方なのですよ。
私はアマリス様に泣きつかれてしまいまして、どうしたものかと困ってしまいます。
「ああ、レチェ様。お戻りになられましたか」
イリスが遅れてやってきます。
「レチェ? レイチェルではなくて?」
イリスの呼び方を聞いたアマリス様が、イリスの方を見て睨んでいます。まったくなんて怖い目をなさってられるのでしょう。
ここは私が矢面に立つしかありませんね。しかし、外では誰に見られているか分かりません。
「アマリス王女殿下、ひとまず建物の中へと参りましょう。この辺りは人が滅多に来ませんが、誰がいるか分かりませんからね」
私がこう伝えますと、アマリス様はぷくーっと頬を膨らませています。完全にへそを曲げていらっしゃいますね。
不機嫌な表情ですが、なんとも愛らしいお姿です。
私たちは小屋の食堂へと集まります。
私の側はイリスとギルバートが座り、アマリス様の側には侍女であるハンナが立っています。
侍女は立っているのが普通ですからね、ハンナがそういう扱いになるのは仕方がないのです。これが貴族社会なのですよ。
「レイチェルお姉様、事情を説明して下さいませんか?」
お茶だけ出した状態でテーブルを囲みますと、アマリス様がギンと鋭い視線を私に向けながら質問を投げかけてきます。
黙って消えたのは確かによろしくなかったでしょうが、こうなることが予測できたから、お伝えしなかったのですよ。
……結局、結果は変わりませんでしたけれどね。
さすがにアマリス様の前でため息をつくわけには参りませんから、私は心の中で大きなため息をついておきます。
「お姉様、ため息はおやめになって」
アマリス様、心の中を読むのはおやめ下さいませんかね?
「とにかく、どうしてお姉様がこんなところにいらっしゃるのか、私はその事情を知りたいだけです。さあ、詳しく話して下さいませんか?」
そうかと思えば、私たちに再度圧力をかけてきます。これが私よりひとつ下、十二歳の王女様の迫力でしょうか?
このまま黙っていてもらちが明きそうにありません。やむなく、これまでのいきさつをお話しましたよ、ええ。
「そんな……、本当にお姉様が入学試験に落ちられたのですか?」
当然ながら、信じられないという顔をしてくれますね。
残念ですが、事実です。
ショックのあまり、療養を兼ねて公爵領に引っ込んできたという体で、隠遁生活をしていることをアマリス様にお伝えしました。
すると、どうしたことでしょうか。
話を聞き終わったアマリス様が、全身を震わせています。一体どうなさったのでしょうか。
「お姉様のおバカーっ!」
いきなり大声で叫びましたよ。びっくりしましたね。
立ち上がって叫んだアマリスは、声を張り上げすぎたせいか呼吸を荒くしています。
「お辛いのは分かりますわよ。ですけれど、せめてひと言くらい残されていってはよかったではないですか。アマリスは悲しいです」
アマリス様は、ほろりと涙を流しています。
ああ、大切な妹のような姫様を泣かせてしまうなんて、私はなんてことをしてしまったのでしょうか。
「お姉様、責任を感じていらっしゃるのでしたら、どうか私もここに住まわせて下さいまし」
「……はい?」
えっと、聞き間違いじゃありませんよね?
アマリス様、今何と仰られましたかね?
「ここに住ませて下さいませ」
ああ、やっぱり聞き間違いじゃありません。
「アマリス様? さすがに来年には学園に通われるのですよね?」
「もちろんです。それまでの間だけでもいいので、お姉様と一緒にいたいのです」
これは間違いなく本気の目ですね。
なんてことなのでしょうか。一国の王女様ともあろうお方が、こんな公爵領の外れで農作業に勤しむなんて、まったくもってありえない話です。
私は必死に断る理由を探そうとしますが、アマリス様が瞳を潤ませながら訴えてこられますと、とても駄目だなんて言えません。
イリスとギルバート、それとアマリス様の侍女であるハンナにも視線を向けますが、全員揃って諦めてと言わんばかりに首を横に振っていました。
ええ、もう最初から決定事項のようですよ。
結局このままアマリス様に押し切られてしまいまして、私たちの生活にアマリス様とハンナの二人が加わることになったのでした。




