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ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします  作者: 未羊


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第134話 心の準備をさせてあげて

 農園から食堂に戻りますと、食堂からたくさんの人たちが出てきます。

 私が空を見上げますと、日の光が天頂から少し傾き始めていました。お昼のピークが過ぎたところのようですね。これならば話にはちょうどいいようです。

 私とイチは、農園から最短距離突っ切ってきました。お父様たちは街道に沿って戻ってこられるでしょうから、到着は今から二時間後くらいでしょう。

 この世界、学園がありますので、時間の概念というものはあります。ですが、王都以外は実に曖昧でして、空に浮かぶ日の光である程度の時間を決めて動いている感じです。

 まあ、それは今はどうでもいいことですね。

 私は客がはけてがらりとした食堂の中へと入っていきます。


「レチェ様、お帰りなさい」


「お帰りなさいませ。もうお話は終わりましたか?」


 みなさんが普通に挨拶をする中、イリスだけが違った挨拶をします。


「カリナさんを連れてきて。お話があります」


「承知致しました。今はもうお客様が少ないですから、できるだけ早くお呼びしますね」


 イリスが小さく頭を下げて、厨房へと向かっていきます。私はすぐさま事務所へと足を運びます。

 落ち着いてしばらくしていると、紅茶を持ってきたイリスと共にカリナさんがやって来ました。


「お呼びでしょうか、レチェ様」


「ええ、用もないのにイリスを使って呼びませんよ。とりあえず、そこに腰を掛けて下さい」


 私が促しますと、カリナさんは椅子に腰かけて私をじっと見ています。何か粗相でもしたのかと、ちょっとびくついているようですね。

 あまりにも怯えた様子を見せていますので、私はにこやかな笑顔を見せます。


「カリナさん、別に警戒することはりませんよ。ただ、警戒するならこのあとですね」


「このあと……?」


 カリナさんは状況が理解できずに、首を傾けています。当然そうなるでしょうね。そんなわけでして、私は事情を説明することにしました。


「なるほど、そんなことがありましたか」


「はい。お父様たちはあなたにマリナさんが精霊を見られる理由を問い掛けることになると思います。答えなくても特に問題はないとは思いますが、お父様は公爵です。話して損になることではないと思いますよ」


 私の言葉に、カリナさんはずいぶんと考えているようです。

 おそらくは、すでに亡くなられた夫のことを思い出すことになるからでしょう。

 亡くなられた方のことを話す時というのは、いろいろと精神的に負担になることもあるでしょう。

 ですが、マリナさんだけがノームを見たり触ったりできるということをお父様に見られてしまいました。その時からお父様は慌てた様子を見せています。否が応でも話をせざるを得ないでしょうから、ここは堪えて頂くしかありません。

 そういうわけですので、私が先回りをして、カリナさんに話をしているのです。

 そもそも、公爵を相手にお話をするのですから、それだけで精神的負担は相当なものです。こうでもして気持ちを楽にさせるしか、私にできることはないのですよ。


 しばらくすると、外から馬のいななきが聞こえてきます。この鳴き声は公爵家の馬で間違いありませんね。

 思ったよりも早く、お父様たちが食堂に到着したようです。

 それにしても、まさか馬車を食堂に横付けするとは思ってもみませんでしたね。

 この事務所に近付いてくる足音が聞こえてきます。


「レチェ様、旦那様たちをお連れしました」


「ええ、ご苦労さま」


 私は立ち上がります。カリナさんも立ち上がろうとしましたが、私は座ったままでいるようにと合図をします。なので、カリナさんは椅子に腰かけたままでお父様たちを迎えることになりました。昼ピークの後なんですもの、立たせるというのは酷でしょうからね。


「レイチェル。なぜここにいるのだ」


「先程ぶりです、お父様。カリナさんに心の準備をさせるために、こっそりと戻ってきておりました」


 私の視線につられるようにして、お父様の視線がカリナさんに向きます。カリナさんは座ったまま深く頭を下げています。


「とりあえずお父様、お母様、リキシルおじさま、お座りください。カリナさんから、マリナさんの能力の秘密をお聞きしましょう」


「う、うむ」


 私が強引に話を進めると、お父様は特に文句も言わず、イリスが用意した椅子に腰かけていました。お母様とリキシルおじさまも同じように腰をかけます。

 こうして、話を聞く態勢が整いました。

 さすがに公爵家の人間に周りを取り囲まれると、カリナさんはガチガチに緊張しているようです。リキシルおじさまと私はまだいいとしても、やはりお父様とお母様ですよね。王族に次ぐ権力者たちですから、平民からすれば身分が違い過ぎて萎縮するのは仕方のないことです。


「そこまで固くならなくていい。そちらの娘の一人が、精霊を見たり触れたり会話をしたりできる、その心当たりが聞ければいいのだ」


「そうですよ。精霊と心を通わせられる能力があるとなれば、国家で保護すべき存在です。悪い話ではないと思いますよ」


 お父様やお母様はそのようなことを言っています。

 私たちから視線を集めているカリナさんは、緊張のあまりに言葉に詰まってしまいます。

 はたして、その口からマリナさんの能力の秘密を聞けるのでしょうかね。

 なんともいえない空気が、事務所の中に漂っています。

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