第133話 当然ながらお説教です
小屋の食堂にやって来ますと、サリナさんがお茶を出してくれました。
見るからに身なりが整っている人たちばかりですから、それはもう震えながらでしたね。ティーカップを落とすんじゃないかとひやひやしましたが、どうやら無事に出すことができたようです。
「ふむ、うまいな」
「あら、本当。ずいぶんと練習したのね」
「イリス直伝だろうからな。そりゃおいしいに決まっているさ。わっはっはっはっ」
お茶の味を褒めてもらって、サリナさんは恥ずかしそうにしています。ですが、なぜリキシルおじさまが得意げに笑っていらっしゃるのですかね。理解できませんね。
ほら、見て下さい。お父様もお母様も呆れていらっしゃいますよ。
「なんだ、レイチェル。その表情は」
「いえ、なんでもございません」
ムッとした顔をするものですから、私は顔を背けます。
その時でした。
お父様が咳払いをして、注意を向けさせます。私はそれに応じて顔を向けます。
「なんでしょうか、お父様」
私が声をかけますと、お父様は両手をがっちりと組んで、私の顔をじっと見てきました。
「レイチェル。なぜ昨日は顔を見せなかったのだ?」
「何のことでしょうか?」
お父様の質問に、私はとぼけます。
「あなた、昨日は食堂にいたのではないのですか?」
「いえ、いませんでしたよ。昨日はこちらに出向いていましたからね」
私が答えますと、お父様たちは呆れてしまっています。
まあ、当然でしょうね。視察の通告を受けておきながら、主が雲隠れしてたのですからね。
でも、別にいいんですよ、それで。お父様たちには普段の食堂を見てもらうことができたのですから。アンドリュー殿下が送り込んできた料理人たちのおかげで、私は裏方の作業に集中していられますからね。
裏方はあくまで裏方。でしゃばるわけには参りません。それに、私の代わりにイリスがすべて受け答えしてくれていたはずです。食堂の経営は売上と食材の管理以外は、イリスに全部権限を譲っていますからね。
「食堂の実質の主は確かに私です。ですが、イリスが店主代理としていましたから、何も問題ないはずです」
私がキッパリと申し上げますと、お父様は反論してきませんでした。実際その通りですからね。
「ですが、農園の方の主は私です。本当はお父様たちと顔を合わせるつもりはありませんでしたが、ギルバートに代理が務まるわけもありませんから出てきた次第です」
「そ、そうか」
私のあまりにも自信たっぷりの態度に、お父様は納得していました。勢いは大事ですね。
ひと通りの弁明が終わりましたので、ここからは農園の話です。
「将来的には、もっとこの農園で作る野菜の種類を増やしたいですね。ラッシュバード以外にも動物を育ててみたいです」
私はこちらに来る時に持ってきていた植物図鑑と、後でこっそり買い足しておいた酪農の本を机の上に置いて話をしています。
「どれだけ大変なのか分かっているのか?」
当然ながら、お父様の懸念はそこでしょうね。貴族のする苦労と、農民たちの苦労はまるで違いますからね。
「大丈夫です。この手の専門家がここにはいますから」
『ほいっ!』
私が自信たっぷりに告げますと、どこからともなく私の前にノームがひょっこり顔を出します。
ところが、ノームの姿はお父様たちには見えません。
「わわっ、なんでこんなところに来ているの。お手伝いしてくれてるんじゃなかったの?」
慌てた様子で入ってきたのはマリナさんですね。彼女はノームが見えるんですよね。
お父様たちに一礼したかと思うと、私のところにやって来ていたノームを抱え上げると、一礼して部屋を出ていきました。
「あの子、何を抱えていったのだね」
「ノームです。土の精霊ノームを、マリナさんだけが見ることができるんですよ」
「ふむ、精霊を見れる子がいるとは、興味深いな」
マリナさんの話をしますと、お父様がなにやら考え込んでいます。精霊を見れるのでしたら、私やアマリス様も見えるわけですが、何かあるのでしょうかね。
あまりにも気になりますので、私はお父様たちに問いかけてみます。
「あの、お父様、お母様。精霊を見ることができるっていうのは、そんなに特殊なことなのでしょうか」
「ああ、貴族でも珍しいからな、精霊の姿が見えるというのは。レイチェルが見えるということは、私たちにとっては誇りというものなのだよ」
「ええ、私の方のおじい様、レイチェルからするとひいおじい様も、精霊を見ることができたそうです」
「へえ、そうなんですね」
私はいまいちピンときませんので、適当に返事をしてしまいます。
「それにしても、今の子は平民、だよな?」
「そうですね。公爵領に住んでいらっしゃる平民の方でして、父親を亡くされているそうなのです。ちなみに、マリナさんだけですね、ノームを見たり触ったりできるのは」
「ふむふむ……」
お父様がずいぶんと考え込まれてしまいましたね。
「すまないが、あの子の家族と話はできないだろうかな」
「母親はカリナさんといいまして、食堂の厨房で働いていらっしゃいますよ」
「なんと?!」
「なんということだ、もう一度行かねばならんのか」
お父様の反応に、私は戸惑いを隠しきれません。
「レイチェル。あの子のことはここの外では話すんじゃないぞ」
「は、はい。承知しました」
お父様の言葉に、私は頷いておきます。
一体どうしたのでしょうか。
農園の視察だったはずですが、私との話もほどほどに、お父様たちは引き上げていってしまいました。
……これは、私も追いかけた方がよさそうですね。
そう思いまして、私はやることだけ片付けると、鳥小屋にイチを迎えにいったのでした。




