第130話 侍女のお説教
その日、私は一度スターを小屋に戻すために鳥小屋の方に寄りました。それがよかったのか、お父様たちと顔を合わせることなく食堂に戻ることができました。本当に気まずいといったらありませんから、非常にとても助かりました。
食堂に戻った私は、その日の様子をイリスに確認します。むろん、それはお父様たちがいらしたかということの確認他になりません。私にとってはとても重要なことですからね。
手の空いたところを見計らい、私はイリスに確認を取ります。
「イリス、イリス。ちょっとよろしいですか?」
「レチェ様、お戻りになられておりましたか」
私の声に気が付いて、イリスが私の方に駆け寄ってきます。
ぴたりと私の前で立ち止まりますと、イリスは私に報告を始めました。さすが分かっていらっしゃいます。
「旦那様や奥様方は、お昼の混雑が終わった頃にいらっしゃいました。おそらくはミサエラ様から情報を頂いたのでしょう」
イリスの報告はこう始まりました。
お父様たちは混雑が過ぎて、人がはけ始めた頃に来られたということですから、おそらく私の顔を見に来られたのでしょうね。
ですが、イリスの顔を見られても、私がいませんからしばらく粘ろうとしたみたいです。
粘るお父様たちを「夕方の仕込みがありますので」といって追い返したそうです。強いですね、イリス。普通なら主人に逆らったとして首が飛ぶところですよ。
さすがに食堂の営業を邪魔するのは本意ではないと、お父様たちはおとなしく帰っていかれたそうです。
ちなみに、一連の騒動を見ていたカリナさんたちが不安がっていたそうですけれど、そこもイリスがしっかりと丸く収めたそうです。できる侍女は違いますね。
イリスからの報告を聞いた私は、落ち着いていつもの閉店後作業が行えそうですね。
ちょうど今は夕食の時間で忙しいですから、さすがにもう訪れませんでしょう。事務所に引っ込んで明日の対策を考えましょうか。
ギルバートから聞いた話の通りなら、お父様たちは明日は農園を訪れます。
しかし、大丈夫でしょうかね。
何がですかって? ギルバートですよ。彼は私の護衛騎士でもありますが、ウィルソン公爵家の騎士なのです。
形式上は私が主ではありますが、本来の契約者はお父様です。お父様から言われてごまかしきれるかどうか、それが大問題というわけですよ。
「はあ……。とはいいましても、喋ってしまったとしても、私にはギルバートを咎める資格はありません。本来の雇い主の命令に従うわけですからね。むしろ、私のことを黙り続けることの方が、ギルバートには悪く働かないでしょうかね……」
今日は食堂の方から逃げておきながら、今さらながらに怖くなってきました。
イリスはなんともなかったので安心しますが、なんでしょうかね、ギルバートはとても心配になってきます。
なんだか落ち着きませんね。
でも、今は夕方のピークの真っ最中です。イリスに相談しようとしても、今では邪魔をしてしまうだけですね。
私はひとまず椅子に座り、考えることを放棄してします。
「……さすがに疲れましたね。ちょっと休ませてもらいましょうか」
私は机に伏して、少し仮眠をとることにしました。
どれくらい眠ってしまいましたでしょうか。
「レチェ様、レチェ様。起きて下さい」
「ううん、イリス……。もう朝かしら……」
ゆさゆさと体を揺らしながら、私はイリスに起こされます。
「なにを寝ぼけてらっしゃるのですか。本日の営業が終わりましたので、夕食の時間ですよ?」
「はっ! あれっ、私ってばそんなに眠っていましたか?」
窓の外を見れば真っ暗です。参りましたね。戻ってきた時間から考えますと、二時間は眠っていたみたいです。
仮眠としては問題ない時間ですけれど、私としては眠りすぎてしまったようですね。
「まったく、旦那様たちのことで気に病むのは分かりますけれども、過去は過去、今は今でございます。いっそのこと顔を合わされた方がいいかと存じます」
「で、でも……」
「でももしかしもございません。そんな不安定な心境で事業を営まれる方が、私としては心配になります。ましてや、今回の視察はおそらく殿下からの入れ知恵です。堂々とした姿を見せつけた方が、旦那様たちを安心させられますよ」
私がうじうじしていますと、イリスからはっきりといわれてしまいました。
確かにそうかも知れませんね。私が過去にとらわれ過ぎて、お父様たちから逃げていてはだめかもしれません。
ですが、私にはいまいち決心がつきません。
「明日は農園の視察をなさると仰ってられました。ギルバートのことが、心配ではございませんか?」
「うっ。い、イリスもですか?」
私がおそるおそるイリスの顔を見ますと、イリスは笑っていました。これは、してやられてしまいましたかね。
「とりあえず、カリナさんたちがお待ちです。まずは食事をして元気を出しましょう」
「そうですね。ありがとう、イリス」
「私は常にレチェ様のことを考えておりますからね。レチェ様の侍女であり、この商会の秘書なのです。最善を考えて動くのは、当然というものではございませんか?」
イリスがドヤ顔を私に向けてきます。
あまりにも勝ち誇ったようにも見える表情に、私はおかしくて笑ってしまいます。
「そうですね。あなたが私の侍女で本当によかったです」
「ありがとうございます。では、食事に致しましょう」
「はい」
なんだか胸のつかえが取れたような気がします。
元気になった私は、みなさんと一緒に食事を済ませますと、いつもの業務をこなしたのでした。




