第129話 逃げの一手
通告の当日、私は農園にやって来ていました。
どうしてかですって? 単純にお父様たちと顔を合わせるつもりがなかったからです。
ルーチェは可愛い妹ですからね。ルーチェをないがしろにするつもりはありませんよ。でも、お父様たちとなれば話は別です。
やっぱり、あれだけの失態を犯したのですから、簡単に顔向けはできないと思うんですよ。
イリスにはばれてしまっていますが、みんなには農園が気になるから確認してきますねと言って出かけてきています。簡単な話、ラッシュバードたちのことですよ。
農作物に関してはノームたちがいます。彼らに任せていれば農作物に関しての心配はほぼ皆無です。
ですが、ラッシュバードは知識を持った人がいません。ならば、私もきちんと様子を見てかねばならないというものでしょう。私の眷属となったスピードとスターの子どもたちなんですから、放っておけるわけがないんです。
というわけでして、私はスターに乗って農園を訪れていました。
「レチェ様?! どうなさったのですか、本日は」
私がスターと一緒に農園を訪れますと、キサラさんが出迎えてくれました。
「キサラさん。どうですか、キララたちの様子は」
「はい、みんな元気にやっていますよ。ノームのおかげで餌は足りていますし、環境には気をつけていますから病気にもなりませんし」
「そう、それはよかったです」
キサラさんの報告に、私はほっとしています。
私はキサラさんと一緒に鳥小屋に向かいます。キララたち大きくなったラッシュバードと、まだまだ小さなヒナの状態のラッシュバードたちが元気にしています。そこにはマリナさんがいらっしゃいました。
「レチェ様、お久しぶりです」
「お久しぶりですね、マリナさん」
にっこりとした笑顔で駆け寄ってくるマリナさんに、私は笑顔で挨拶を返します。
『主、お久しぶりですな』
「ノームたちも元気そうですね。どうですか、畑やラッシュバードたちの様子は」
『問題ないよー。ボクたちの手にかかればちょちょいのちょいさ』
「ふふっ、そうですか」
得意げに話すノームたちに、私はつい笑いがこぼれてしまいます。
「げげっ、レチェ様。なんでここにいらっしゃるんですか」
そこにギルバートがやって来ました。げげって何ですか、げげっとは。
「どうしたんですか、ギルバートさん」
マリナさんが不思議そうな顔をして尋ねます。
ギルバートはなんとも言いづらそうにしていますね。ここは鋭くはっきり言っておきましょうか。
「視察の通告の件、知っているのですね、ギルバート」
「あ、ああ。俺も一応護衛だからな。俺のところにも来てたよ」
「ああ、先日やって来た鎧のおじさんのことですね?」
ギルバートがどことなく答えづらそうにしていますと、マリナさんからしれっと指摘されてしまいましたね。やっぱり来たんですか、公爵家の騎士が。
そうなりますと、この農園にも視察が来そうですね。
はあ、リキシルおじさまだけだったらいいのですが、やっぱり両親とは顔が合わせづらいですね。
別に報告が行くのは構いませんよ。どのみちミサエラさんから報告がいっているんですからね。でも、直に会うとなるとやっぱり、私の気持ちの整理がつかないんですよね。ですから、このまま顔を合わせないように逃げ回るしかありませんね。
そんなわけでして、私はギルバートから通告の日にちを聞き出します。ええ、無理やりにでもです。
そしたら、案外あっさりとゲロってくれました。おっと、品がありませんね。『喋ってくれました』ですね。
どうやら農園の視察は明日のようですね。この分ですと、今日は街に泊まって翌日農園にくる形ですか。
ぐぬぬぬ……。参りましたね、夜には帳簿と発注のために食堂に出向かないといけません。顔を合わせそうで怖いですが、この仕事だけは私がしないといけません。
仕方ありません。鉢合わせを覚悟して夕方に戻りますか。
それまでの間に、私はちょっとこちらで作るものを作っておきましょう。
「レチェ様? ここで何をなさるおつもりですか」
小屋に入ると掃除をしていたサリナさんとばったり顔を合わせます。
「ちょっとキサラさんやギルバートの負担減らしですよ」
こう答えますと、サリナさんは首を捻っています。分からないといったところですね。
まあ、分からないと思いますよ。
私も付与魔法に関してはいろいろと勉強をしました。その成果を、今ここでお見せしましょう。
取り出したるは、服飾店で購入したただの布と糸でございます。
「ラ・ギア・ソー」
魔法を使って布と糸からかばんを縫製します。
そして、ここからが転生者としての本領発揮です。
「タ・シェド・ペス!」
かばんに魔法をかけます。
ペスとはスペースを縮めたもの。つまりは空間です。空間拡張は闇属性らしいですので、シェドという闇属性と組み合わせます。
すると、かばんから「ずもももも……」という音が響いてきます。これで、収納かばんと化けたはずです。
なんということでしょうか。商業ギルドから支給されたかばん以外に、収納かばんを手に入れてしまいました。さすがは転生者というべき所業です。
さあ、せっかく作ったかばんですから、これに農作物を入れて食堂に戻るようにしましょう。
とにかくお父様たちの気配に気をつけてこっそりと戻りませんとね。
私は最後にマックスさんとハーベイさんにも挨拶を済ませると、夕暮れに染まり始めた頃に街へと戻っていったのでした。