第124話 新しいラッシュバード
「ブェーッ!」
その日は朝の営業は終わる頃に唐突にやって来ました。
私お手製のラッシュバードかごをお目当てにしてきたお客様たちも、なんだなんだと騒いでいるみたいです。
「あらあら、卵がかえるみたいですね。こうしてはいられません。名付けてしまわないといけません」
食堂の事務所で作業をしていた私は、作業を中断して鳥小屋へと向かっていきます。
夜中の間に卵を温めていたのはスターですので、今騒いでいるのはスピードです。ジルくんもどうしたらいいのか分からずに困っているみたいですね。
「ジルくん、これは卵がかえるので私を呼んでいるのです。驚かせてすみません」
「えっ、えっ、そうなのですか?」
ジルくんはおどおどとした様子で私の言葉に反応しています。分からない人からしたら、どうしようもない話ですね。ウィルくんやジルくんがやって来たのは、去年の産卵終了後でしたからね。
「お待たせしましたスピード。私に名づけがして欲しいのですよね?」
「ブェッ、ブェッ」
そう鳴きながら何度も頭を上下させています。
本当に私の言葉はよく分かっているみたいですし、私がどうしたいというかも把握しているんですよ。
信じられますか? これでも頭が悪いと言われているラッシュバードなんですよ?
スピードは私の方を見ながら、翼をバタバタとさせています。とにかく私の誕生の瞬間を見てもらいたいみたいですね。
「レチェ様」
そこにイリスがやって来ました。
「ラッシュバードの鳴き声に、一体なにごとかとお客様たちが騒いでいます」
「正直に卵がかえりそうだとだと伝えておいて下さい。それと、今の時期のラッシュバードは神経質なので、絶対こちらには近づかないようにとも。お願いしますね」
「承知致しました」
私の言葉を受け取って、イリスは店先へと戻っていきました。
もう少しでヒナが誕生しますので、私はジルくんにちょっと下がってもらいます。刷り込みの対象を私に限定するためです。
この世界でも、鳥たちには最初に見た動くものを親と認識する習性があるようですからね。スピードとスターにも、今年一年間は私に見せるようにとよく言い聞かせています。ですので、今さっきのように大きな声で鳴いたのですよ。
「ジルくん」
「はい、レチェ様。なんでしょうか」
まだ小さいながらにも、私の呼び掛けにはしっかりと答えてくれていますね。
私は感心しながら、伝えたいことを口にします。
「私は動けそうにありませんので、みなさんの朝食の支度を手伝って下さい」
「レチェ様は?」
「私はここに残って、卵がかえる瞬間を待ちます。次に生まれてくる子たちの名前は、もう考えてあるんです。刷り込みと同時に名付けて、成鳥にするつもりです。来年のためにもですね」
「しょ、承知しました」
私の話をきちんと聞いて、ジルくんはティルさんやウィルくんと合流するために食堂へと戻っていきます。聞き分けのいい子で助かります。
ジルくんが戻っていったことを確認して、私は再び卵を温めるスターの姿をじっと見ています。
「ブェッ」
「よしよし」
小さく可愛らしく鳴くものですから、私は立ち上がってスターの頭を撫でてあげます。
すっごく嬉しそうにしていますね。さすがに付き合いが一年半になるだけに、なんとなく私も二羽の気持ちが分かってきますよ。
「ブェッ?」
しばらくすると、スターが変な声で鳴きました。
それと同時に、パリッパリッという音が聞こえてきます。どうやら、卵に亀裂が入ったようですね。
ピヨピヨという鳴き声が聞こえてきます。どうやら無事にヒナがかえったようです。
しばらく眺めていると、スターの体の下からひょこっと可愛い顔がのぞきます。何度目でしょうかね。はい、ラッシュバードのヒナです。
じっと見つめている私の視線に気が付いたのか、私の方へと顔を向けます。目は……合っているみたいですね。うっすらと開いています。
「ピヨッ!」
ヒナたちが私を見て鳴き始めました。どうやら刷り込み成功のようですね。
「ブェー」
スピードとスターも確認したようで、スターが立ち上がってヒナをよく見えるようにしてくれます。ヒナたちはそんな状況に関わらず、私に視線を送り続けています。
今回はそういえば二羽でしたね。そんなわけでして、私は二羽に名前を付けることにしました。
今年一番最初のヒナですので、「イチ」と「ウノ」です。日本語の「1」とスペイン語の「1」ですね。一番最初ですから、すごく安直な名前です。なにせ数が増えそうですから、最初は悩まなくて済みそうなものにしてみたんですよ。
名前を付けてあげると、二羽とも体が大きくなってしまいました。やっぱり眷属であるスピードとスターと同じようなことが起きてしまいましたね。
「ブェッブェッ」
生まれたばかりのヒナでしたけれど、自分の体が大きくなったことに戸惑っているようです。
ひとまずは分かりやすいように個体識別をしておきましょう。赤に白い縁取りのスカーフと、白地に赤い縁取りのスカーフを巻いてあげます。
「ブェーッ!」
イチもウノもものすごく喜んでいます。ここまで喜んでくれると嬉しくなります。
そんなわけでして、無事にヒナがかえりました。
お昼の仕込みが終わるまではウィルくんとジルくんに四羽の管理を任せて、お昼の営業の後に従魔登録を済ませることにしたのでした。