第114話 何気ない休業日
食堂の開業からひと月ほどが経ちました。
最初の頃の忙しさも落ち着きまして、今では私は完全に食堂の業務から外れています。
いえ、正確に言いますと売り上げのチェックを在庫の確認はまだ行っていますよ。これはちょっと教え込みませんと、簡単にできることではありませんからね。
会計を間違いなくできるみなさんですから、教えればできるようにはなるのでしょうが、お金の管理は私がやるしかないのです。だって、金庫を誰も開けられませんもの。
さてと、今日は休業日ですね。
イリスたちにはしっかり休むようには伝えましたし、私もスピードとスターの相手をしてゆっくり過ごしましょう。
そう考えた私は、鳥小屋までやって来ました。
「ブェフェーッ!」
私が姿を見せると、いつになく元気に飛び掛かってきます。攻撃ではなくてじゃれつきです。
まったく、相変わらず可愛い子たちですよ。飛び掛かってきたかと思えば、私の周りをぐるぐると回り始めるのですからね。
「あっ、レチェ様」
「ジルくん、この子たちとはすっかりなじめているようですね」
「はい、魔物って聞いて最初は怖かったですけれど、すごく優しくしてくれましたから」
「ブェ」
スピードが鳴いたかと思えば、ジルくんに近付いていって頭を擦りつけています。本当にしっかり懐いていますね。
「それはそうと、今日は食堂は静かですね」
「ええ、休業日ですからね。ですから、今日はお母様とご一緒されてきてもいいのですよ?」
「あっ、そうなんですね」
「はい、私が見ていますからね」
私がにっこりと微笑むと、ジルくんは頭を下げたかと思うと鳥小屋を出ていきました。
「お母さーん、お兄ちゃーん!」
嬉しそうな声が聞こえてきます。今日は家族水入らずですね。
さて、私はスピードとスターの方へと振り返ります。
この子たちも生まれてから一年半ほどが経ちます。ラッシュバードの寿命は分かりませんが、この子たちはあとどのくらい生きられるのでしょうかね。
私はついに気にしてしまいます。
なにせスピードとスター、それとアマリス様が連れて帰られたフォレとラニは生まれてから名づけによって大きくなってしまいましたからね。普通のラッシュバードと同じように考えてはいけないと思います。
「あなたたちは、一体どのくらい生きられるのかしらね」
「ブフェ」
スピードとスターを撫でていますと、気にするなと言わんばかりに二羽とも鳴いていました。
しばらく私はそのまま撫で続けていたのですが、ふと何を感じて門の方へと振り返ります。
「ブェ?」
「気のせいでしょうか。ちょっと見てきますので、スピードもスターも、このままここにいて下さいね」
「ブェ」
揃ってこくりと頷いています。
私は鳥小屋を出て門の方へと近付いていきます。
門を開いて外を確認しますが、誰もいるような気配はありません。やはり気のせいだったのでしょうか。
今日のギルバートは朝早くから農園の方に向かっていますから、見張りがいません。冒険者の方々も今は雇っていませんので、確認のしようはありませんね。
「おかしいですね。誰かいたような気がしたのですが……」
何も見つけられなかった私は、おとなしく鳥小屋へと戻っていきます。
その途中、ばったりティルさんたちと顔を合わせてしまいました。
「あら、レチェ様。どうかなさったのですか?」
「ああ、ティルさん。誰か来たのかなと思ったのですが、どうやら勘違いだったようです」
「まあ、これから息子たちと出かけようと思いましたのに、なんだか怖いですね」
「ギルドのそばですので治安はよいと思ったのですけれどね。帰りはギルドの方に付き添って頂いた方がいいかもしれませんね」
「そうさせて頂きましょうか」
素直に話してしまったせいで、ティルさんは顔を曇らせ、ウィルくんとジルくんはティルさんにしがみついています。
いけません、従業員たちを怖がらせてしました。
なので、私はすぐに安心させようとしてギルドを頼るようにと提案しておきました。これでようやく笑顔が戻ってきましたね。ひと安心です。
私は三人を見送りますと、すぐにスピードやスターとのスキンシップに戻りました。本当にラッシュバードは癒されます。
ですが、ラッシュバードもあまり油断なりません。
そろそろ暖かくなり始めましたので、産卵の時期がやって来るのです。その時の対処法を、ウィルくんとジルくんにちゃんと教えませんとね。
ラッシュバードの卵は、今後の食堂経営の柱ともいえるものです。きちんと扱えるようにしておきませんと。
小麦粉だけでは物足りないものでも、卵と組み合わさることで一気に幅が出ます。
あとはプリンですよ、プリン。アマリス様もお気に入りのプリンはきっとここでも人気が出ます。なんといっても王女様お気に入りは、大きな宣伝文句ですよ。まあ、そんな宣伝文句使いませんけれどね。初年度は数が足りませんもの。
プリンなど卵を使う料理は、おそらくは来年以降でしょうね。ラッシュバードの卵は大きいですので、ひとつあれば十数個作れます。ですが、毎日なんてのは無理です。キララたちの卵が増えても無理なものは無理です。
さてと、十分スピードとスターと戯れた私は、仕事に戻ります。私が小屋を去る時には、二羽ともお行儀良く立って翼を振っていましたよ。どこでそんなことを覚えたんですかね。
あまりにも懐きすぎてしまったラッシュバードたちにくすりとしながら、私は明日に備えた準備に取り掛かったのでした。




