第10話 慌てないでのんびりと
幸先がよい。そんなことを思っていた時もありました。
私は翌朝思い知ったのです。精霊の力というものを。
「ううん、いい朝ですね」
私は目を覚ますと、目をこすりながらベッドから出て大きく背伸びをします。
部屋の反対側にあるベッドを見ると、すでにイリスの姿はありませんでした。
さすがは侍女ですね。今までの生活リズムは、公爵家を出ても簡単に変わるものではありませんね。
朝の支度はイリスに任せて、私は畑の様子でも見に行きましょうか。
そう思いましたので、私は服を着替えると外へと出ていきます。そこで私は、とんでもない光景を目の当たりにしたのです。
「えっ!?」
思わず寝ぼけていた頭がすっきりさえてしまいました。
なぜなら、目の前には昨日種を植えたばかりの畑から芽が出ているのですから。
「どうなさいました、レチェ様!」
私の大声を聞いて、イリスとギルバートが揃って飛んできました。さすがですね。
「イリス、ギルバート、これを見て下さい」
私は目の前を指差しながら、二人へと声をかけます。
二人も畑に目を向けると、そこに広がっていた光景に思わず目を疑っています。
「あれ、これって昨日種をまいたばかりですよね? どうしてもう芽が出てるんですか……」
ギルバートが驚愕の表情を浮かべながら私に声をかけてきます。
そうはいわれましても、私もさっぱり分からないのです。でも、これが分かる存在といえば、その辺りにいるはずです。
「ノーム? いらっしゃいますか?」
『ほーい、呼んだ?』
私が畑に向かって呼び掛けると、地面からにょっきりとノームが顔を出しました。
それにしても、返事がとても軽いですね。
「ちょっと聞いていいでしょうか」
『ほーい。なんでも聞いて』
やっぱりノリが軽いですね。これが地精霊ノームの特徴なのですかね。
まぁ、これ以上言い方にこだわっていても話が進みません。さっさと畑の現状について伺ってしまいましょう。
「ノーム、この畑の状態は、あなたの能力のおかげでしょうか」
『そうだよー。僕たちが祝福を与えれば、植物はあっという間に育つんだ。いきなり実をつけさせたらさすがに驚くと思って、芽が出たところでやめておいたんだー』
「そ、そうでしたのね。でも、さすがにひと晩で芽が出てしまうと、驚いてしまいますよ」
『そうなんだー。次から気を付ける』
なんとものんびりした受け答えですね。
「まあ、それはいいですよ。精霊の恩恵があるという方が付加価値も出ますし。それはそれとして、ちょっとお話をしてもよろしいでしょうか」
『いいよー。主のお話なら、なんだって聞いちゃう』
「なんでも、ですか……」
さっきからノームと話をしているせいで、イリスとギルバートからの視線が痛いですね。
なにせ、他人から見ればただの独り言なんですからね。
うう、我慢です。
ようやくノームとの話を終えた私は、二人の方へと振り向きます。
「ノームとのお話が終わりましたので、少し遅れてしまいましたが朝食としましょう」
「はい、畏まりました」
「お、おう。そうしようか」
私の呼びかけに答えて、三人揃って小屋へと戻ったのでした。
食事を終えて小屋の外に出てきますと、なんということでしょう、小さな菜園ができていました。
実は、先程私がお願いした内容がこれなんです。
農園とは別に、私たちの食事用の小さな畑を用意してもらったのです。必要ならば、食材の加工もしてくれるそうで、こちらの菜園で小麦を作れば、粉にまでしてくれるそうですよ。
なんとも至れり尽くせりですね。
ですが、それと引き換えに、表の畑の方は通常の成長速度にしてもらいました。あくまでも他人向けですから、成長が速すぎたり過剰に実ったりしてしまいますと、みなさまに不安を与えかねないのです。
「レチェ様、こちらの畑は普通の農作業でよろしいのですね」
「はい、そのようにお願いします。水やりをしたり雑草を取り除いたり、すくすく育つように世話をお願います」
「承知致しました」
ギルバートは早速水やりから始めます。
さすがは公爵家で護衛をするだけあってか、簡単な魔法ならさらっと使いこなしてしまいます。
護衛をするような騎士や兵士は、最低限の必要な魔法はすべてが使えるのです。顔を洗ったり料理をしたり体を洗ったりと、水魔法は重要ですからね。
それにしても、人間じょうろという絵面は、見ているだけで笑えてきます。
ダメですよ、私。他人を笑うなんて。
私は笑いをギルバートに悟られないようにどうにか気を引き締めます。
さて、ギルバート一人に任せておくわけにはいきませんね。イリスは小屋の中を整理して下さっていますし、言い出しっぺとして私もちゃんと働きませんと。
そんなわけで、私はギルバートから最も遠い畑の世話を始めます。
ノームが成長を促進したとはいえ、まだ双葉から少し育ったところです。油断すると踏みつけてしまいます。慎重に移動して草を引きませんとね。
『主たちが雑草の区別ができるように手伝う』
私たちの様子を見ていたノームがちょっと手を貸してくれます。
見た目はもぐらだというのに、動きがコミカルなせいでなんだか楽しくなってきてしまいますね。
おかげで、農作業もあまりきつく感じることなくやり遂げることができましたね。
昨日植えた種たちは芽を出しましたし、今から収穫の時が楽しみでなりません。
私がにっこりと微笑んでいると、昼食の支度ができたというイリスの声が聞こえてきます。
「はーい、今行きますよ」
私は返事をすると、小屋へとゆったり歩いて向かっていきました。