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透明人間になれる技
わが社には役職定年という制度がある。五十五歳になったら、役職を降ろされ、平社員に。俺も今日で部長職を降ろされる。だれも俺の話を聞いてくれない。周りから、無視される。
中学時代のことを思い出した。イジメで無視されていたのに、何とかやり過ごせたことを。そうだ、俺には透明人間になれる技があった。特殊な呼吸法で、相手の目に映らなくなれる。三十年ぶりに俺は透明人間になった。
ある日、会社に強盗が入った。犯人は二人組、ナイフを持っている。最初に社長が刺された。三十人ほどのフロアは阿鼻叫喚地獄絵図と化した。強盗は俺にナイフを向けた。見えている。俺はとっさに、左ジャブで強盗の顎を砕いた。驚いたもう一人に腰を落としたアッパーで仕留めた。そうだ、俺が中学時代イジメをやり過ごせたのは喧嘩が強かったからだ。忘れていた。
同僚たちは俺を見ていた。悪意や卑屈さが透明人間を作り出す。思い出した、透明人間は心を殺すってことを。