運命の儀式
朝、私はすぐに教会へ行った。ちゃんと儀式に参加する、と言うとシスターは少し驚いたみたいだった。
「だったら、昨日はどうして逃げ出したのですか?」
「それは……私にも分からないんです」
シスターは首を傾げたけれど「そんなことも、あるかもしれませんね」と言って、それ以上は追及してくることはなかった。
正午まで、教会は儀式の準備で騒がしかった。村の人たちが出入りし、飾り付けだったり、掃除だったりを続ける中、私は儀式用の正装を着せられる。嗚呼、何度着たのか、この白と赤の衣装。
ただ、今日は反対側の控室にジョイがいる。いつも、見守り人として教会の椅子に座っていたジョイが、今日は候補者なのだ。それは、何だか本当に変な感じだった。
正午を過ぎて、シスターが控室に顔を出す。
「スイ、準備ができましたよ」
「は、はい」
ドアの方に向かう私だが、どうも動きがぎこちなく、シスターが口元を抑えながら小さく笑った。
「緊張するなんて珍しいですね。いつも儀式のときはふてぶてしいのに」
「どうせダメだろうって気持ちが強かったので……」
……あ、そういうことか。
私は自然と出た言葉に、自分が何を思っていたのか気付いてしまう。
「でも、今は集中します」
「はい。その意気です。では、祭壇の方へ」
控室を出て狭い通路を進み、突き当りにある扉を開くと、祭壇のすぐ横に出る。たくさんの村人たちが、フォグ・スイーパの誕生を見守るべく、教会に集まっていた。
そして、反対側の扉からジョイの姿が。いつもと違って、黒いスーツを着たジョイは、少しだけ大人みたいに見えた。
「それでは、儀式を執り行います」
祭壇の前で、シスターが高らかに宣言する。
「それでは……聖女、スイ・ムラクモ。そして、ドラクラ候補……ジョイ・ジョーンズは前に」
「「はい」」
何度もやった儀式なのに、ジョイと二人でやるのが、こんなに恥ずかしいなんて。私は頬の熱を感じながら、一歩前に出た。
皆の視線が集まっている、と思うと余計に顔が熱くなったし、緊張していると思われていると思うと、さらにさらに顔が熱くなった。
あっちはどんな顔をしているんだろう、と横目で隣を見ると、やや顔を赤らめたジョイと目が合う。そして、照れくさそうな微笑み。
やめろよ、恥ずかしいだろ……。
「では、聖女スイ。まずは祈りを捧げ、聖なる血で盃を満たしなさい」
「はい」
祭壇の前にあった短刀をシスターが手に取り、こちらへ差し出した。私は一度深呼吸をしてから、それを受け取り、正座してから両手を組んで祈りをささげた。
「天にまします我らが星の巫女よ。今こそ我が血に貴方の祝福を。そして、彼に魔を払う力を与えたまえ」
そして、短刀で指先を切り、滴る血をシスターが手にする盃に注いだ。
一口分はたまったところで、シスターが白い布を手渡してくれたので、それで指先を抑える。そして、シスターが私の血が入った盃をジョイに差し出した。
ジョイはそれを緊張の面持ちで見つめたが、震える手を伸ばして……受け取る。ついにこのときが、きたんだ、と私も唾を飲み込んだ。
「では、ジョイ。聖なる血を飲み干し、ドラクラとして覚醒しなさい」
「……はい!」
ジョイが震える手で、盃を口元に近付けると、誰もが固唾をのみ、その様子を見守った。緊張感で、みんなの息が詰まりそうになったタイミングで、ジョイがそれに口を付ける。
そして、一気に盃を傾けた。
……。
…………。
……ジョイが、私の血を飲み干した。
「……盃をこちらに」
ジョイが盃をシスターに返す。
もし、成功なら……ジョイの体に変化が現れるはず。
ジョイは両方の手の平を見下ろし、それを待っていた。
「う、あっ……」
「ジョイ!」
思わず、私は叫んだ。ジョイの腕がわずかに膨らんだ。筋肉の膨張。身体能力が向上する証だ。
「やったの……?」
お願い、ジョイ。
ドラクラになって。
私を本物の聖女にして。お願い!
「す、スイ……!」
ジョイが私を見る。きっと、次の瞬間にはいつもの笑顔を見せてくれるはず。
あの穏やかで優しい笑顔を。
しかし……。
「……ごっ、ごえええぇぇぇーーー!」
ジョイが胃液ごと、私の血を吐き出した。
「か、体が……!」
そして、ジョイの体が震え出す。
それは、先ほどの緊張によるものではない。明らかに体の異常を示す震えだ。
「やっぱりダメだったんだ!」
誰かが叫んだ。
また、ダメだった……。
今までの諦めとは、ぜんぜん違う感覚。それに、私は口を開くこともできなかった。
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