明日こそ本物の聖女に
いつもは私がジョイの部屋の窓にへばりつき、彼が起きるまでノックを続けるのだけれど、今日は逆だった。ジョイはいつもの場所、夜は無人の村役場の屋上に私を連れ出す。
しばらくは、星空の下でお互い黙り込んでいたが、先にジョイが口を開いた。
「逃げ出すなんて、スイは卑怯だよ」
怒っているのだろうか。ジョイはいつもより声が小さい。
「卑怯って……。私に何も言わずドラクラの試練を受けていた、あんたの方が卑怯でしょ」
「……悪かった」
また無言の時間に戻ってしまう。だけど、それが何だか気持ち悪くて、今度は私の方から会話を振った。
「だけど、なんでドラクラに立候補したのよ。あんた、昔から戦うのは怖いって、言ってたじゃない。どういう心変わり?」
「……」
あれ、無視?
ジョイのくせに私を無視とは、なかなかの度胸じゃないの。一発、ぶん殴ってやろうかな……
と思ったが、ジョイが口を開いた。
「何も変わってなんかない」
「え?」
「僕の心は何も変わっていないよ。戦うのも怖いし、それに……」
ジョイは何を躊躇うのか、再び黙ってしまう。また無言の時間に戻るのか?と思ったが、ジョイは続けた。
「だけど、スイの夢を叶えたいって思っていたんだ。ずっとね」
「私の夢?」
「スイはずっと言っていたじゃないか。聖女として活躍したい、って」
「そうだけど……なんであんたが」
別にドラクラの候補は、村の外からだってやってくる。それがいつなのかは分からないけど、あえてジョイが手を挙げる必要はないはずだ。ジョイは言う。
「友達の夢を叶えたいって思うのは……当然だろ?」
ずっと村を見下ろしていたジョイだけど、この夜初めて私に笑顔を見せた。いつもの穏やかで優し気なジョイの笑顔。
だけど、それを見た私は、思わず吹き出す。
「な、なんで笑うんだよ」
不満げなジョイだが、私はなかなか笑いが止まらない。
「スイ、やめろよ。大人たちに気付かれるだろ」
「ごめんごめん」
私は何とか笑いを抑え込む。
「なんで笑うわけ?」
「わかんない。だけど、ジョイって……本当に変わらないよね」
私がこの村にやってきたのは、確か十五年前。四歳のときだった、と思う。
同い年だったジョイと私は、当時から村の大人たちからセットのように扱われて育った。
いつも、無鉄砲な私を宥めながら、最後は笑ってくれる。そんなジョイのこと、私は……。
「うん、そうだよ。言ったじゃないか、僕は昔から少しも変ってなんかないって。でも、今回は頑張ったんだよ?」
ジョイは言った。
「スイの夢、叶えるためにつらい修行も耐えた。ドラクラになる試練もマジで苦しかったけど、スイのこと思ったら耐えれたんだ。それで、ドラクラの資格を得た。だから、明日は……」
「うん、ありがと。明日、一緒に頑張ろうね」
ジョイは少し驚いたように私の顔を眺めた。
「なにさ?」
というとジョイは穏やかな笑顔に戻る。
「なんでもない」
すると、タイミングを見計らっていたかのように朝日が昇り始める。それは十五年の間、何度も繰り返し見た、変わり映えのない夜明けのはずなのに、いつもと違って見えた。
そんな朝日に見守られながら、ジョイは言う。
「ねぇ、スイ」
「なに?」
「明日……いや、今日僕たちがフォグ・スイーパになったら、君に伝えたいことがあるんだ」
朝がきた。
今日こそ私は……本物の聖女になるんだ。
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