武家の娘は単刀直入
「急に呼び出したと思ったら、そんなこと……」
運動場にやってきたリリアちゃんは、ベイルくんから事情を聞くと、目を細めて私を見た。
「お願いだよ、リリア。こんなこと頼めるの、リリアだけなんだ」
リリアちゃんがどんな目で私を見ているのか、ベイルくんは気付いていないらしく、彼女の手を取る。
「リリア、お願いだ。助けてくれ」
リリアちゃんは握りしめられた手を見て、驚きの表情を見せた後、顔を赤らめて目を逸らす。
「そこまで言うなら良いけど……」
「姉さま、顔が赤い。体調が優れないのでは?」
リリアちゃんは、横のいる小さな女の子に指摘されると、素早く手を引いてベイルくんから離れた。
「ら、ライム! 余計なこと言わないの」
「でも、真っ赤ですよ。お医者様に見てもらうべきでは?」
「いいの! お姉ちゃんは元気だから変なこと言わないで!」
リリアちゃんに怒られて不思議そうに首を傾げるが、この女の子……。
な、な、なんて可愛い女の子なんだ!
「リリアちゃん、この子は? 妹? 可愛いねぇーーー!!」
私はライムと呼ばれる女の子の前で屈み、彼女の頭を撫でる。
「はい。正確には親戚の子ですが、赤ん坊のころが面倒を見ているので、ライムは妹みたいなものです」
なるほど、親戚の子か。
通りで顔もあまり似ていないわけだ。
写真を見る限りだけど、私も小さい頃はこんな感じで可愛かったんだよなぁ。何だか親近感もあって、余計に可愛く感じているのかも。
「こんにちは、ライムちゃん。私はスイ。スイ・ムラクモだよ」
「ライムです。よろしくお願いします」
ライムちゃんはペコリと頭を下げる。
「あの、スイさん。質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「ほう、さっそくだね。なんだい? 何でも聞いてごらん」
ライムちゃんは子供らしからぬ無表情でこんな質問を投げかけてくるのだった。
「スイさんとベイル兄さまはどういう関係なのですか? まさかとは思いますが、年上の恋人というやつでしょうか?」
「……」
空気を読みなさい、とララバイ村のシスターに怒られ続けていた私でも分かる。
これは、完全に空気が凍り付いている。
そして、そして……私の頭頂部辺りを、巨大な瞳が見下ろしている気がした。
満月よりも巨大な瞳が私を見下ろし、どんでもない圧迫感に押し潰されそうなんだけど。確か、その方向はリリアちゃんが立っているはずだよね。でも、あんな可愛いらしい子が、こんな圧迫感を出すかな?
ただ、そうだな……発言には気を付けた方が良い。これは確かだ。
「えっとね、ベイルお兄ちゃんと私の関係はお友達だよ。最近知り合ったばかりの、お友達」
「……」
真偽を見定めようとするようなライムちゃんの瞳。子どもにしては、なかなか鋭く強い眼力だ。もちろん、私を見下ろす巨大な瞳に比べたら、大したことはないのだけれど。
「そうですか。てっきり、ベイル兄さまの魅力に惹かれた田舎者が、城まで押し寄せてしまったのかと」
な、なぜ田舎者と分かった??
「ライム、失礼なこと言わないの」
と、リリアちゃんが窘める。
同時に私を見下ろす巨大な瞳も消えた気も……。そして、姉に注意されたライムちゃんは素直に頭を下げた。
「失礼を言って申し訳ございません」
ライムちゃんはしっかりした子だなぁ。ちゃんとフォローしてあげないと。
「ベイルくんは良い子だものね。ライムちゃんはベイルくんこと、好き?」
「はい。ベイル兄さまは優しく凛々しい方です。リリア姉さまはいつもベイル兄さまの話ばかりで、私もついつい――」
すかさずライムちゃんの口を両手で塞ぐリリアちゃん。気持ちを必死に隠しているつもりみたいだけど、気付いていないやつ、いるのか?
「僕も家ではいつもリリアの話ばかりだよ」
「え?」
ベイルくんの急な発言に動きが止まるリリアちゃん。
「いつもフレイルと三人だから。自然とそういう話しになるよね」
「……うん。そう、だね」
はい、気付いていないやついましたー。まったく、ベイルくんはお子様だなぁ。こんなに分かりやすい女心も分からないんだから。
と、いうことで私はリリアちゃんから聖女としての必要な技術を色々と教えてもらうことになった。聖女も戦いに出るから、それなりに体力と身のこなしが必要となるらしく、なかなかハードな訓練ばかりらしい。だけど、リリアちゃんは何でもこなしてみせる。
「じゃあ、次はスイさんがやってみてください」
離れた足場をぴょんぴょんと跳ねて移動して見せたリリアちゃん。羽が付いているのでは、と疑うくらい、動きが軽やかだ。
「で、できるかな?」
「できますよ。大人でしょ」
どこか投げやりに言われてしまう。と言っても、既に何十回もトライして、全部失敗しているのだけれど……。
助けを求めるつもりで私はベイルくんの方を見るのだが……。彼はライムちゃんと楽し気にお喋りしているだけで、私のことなんて少しも心配していないらしい。リリアちゃんならしっかり私の面倒を見てくれると思っているのか、ライムちゃんとのお喋りが楽しくて仕方ないのか……。
「スイさん、集中してください!」
「は、はい!」
怒られちゃったよ……。
そんなわけで足場から足場へ飛び跳ねる私だったが……。
「ぎゃあああぁぁぁ!」
踏み外して落下。
足場から数メートル下のクッションに「バフンッ」と音を立てて倒れるのだった。
「早く上がってきてください!」
リリアちゃんがこちらに顔を覗かせて叫ぶ。なんてスパルタなんだ。そうか、リリアちゃんは武家の娘。これくらいの厳しさ、当たり前なのか。
「こんなことなら、アーロンさんの方がマシだったんじゃ……」
先々を考え不安になる私だったが……。
「いつまで寝ているんですか?」
気付くとリリアちゃんが傍らに立っていた。
「もうダメです。ちょっと休ませて……」
ジャンプしては落下を繰り返す私は、気持ちが折れる寸前だったが、弱音を吐いてはリリアちゃんに怒られてしまうだろう。ただ、それでも動けないのだ。怒られるのを覚悟しつつ、リリアちゃんを一瞥したのだが……
意外にも彼女は怒るのではなく、私の横にしゃがみこむと、呟くように言うのだった。
「あの、教えてほしいですけど」
「え?」
「……実際のところ、スイさんはベイルのこと、どう思っているのですか?」
うわー、ここで来るか。
なんて答えればいいのかなぁ。
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