王子様はいた!
「まさか……本当に資格を持たれていないとは」
レックスさんは頭を抱え、今にも倒れ込んでしまいそうな姿を見ていると、本当に申し訳ない気持ちになってくる。
「すみません……。隠していたわけではないのですが、聖女に資格が必要ってこと、知らなくて」
縮こまって釈明する私だったが、レックスさんはさらに驚いたみたいだった。
「知らなかった、とは……。村の人々から何も言われなかったのですか?」
「本当に田舎だったし、あまり霧も出ない地域だったので……その辺、みんな適当だったのだと思います」
「この時代にそんな地域がまだあるとは。逆に興味深いです」
レックスさんの中で気持ちが切り替わったのか、やや真剣な表情で何やら考え込み始めた。
「スイ様、すぐに聖女の資格を取得しましょう」
「し、資格ですか? 何をすれば……?」
「聖女の試験は学科試験と技術試験があり、どちらも八割以上の点数で合格となります」
「学科試験って勉強……ってこと、ですよね」
「はい。参考書はこちらで用意します」
や、やっぱり勉強しないとダメなのかーーー!
ララバイ村にも学校があって、ちゃんと通っていたけど……本当に勉強は苦手だったんだよね。
っていうか、教科書とノートを広げるだけで眠くなるんだよ。
私には本当に向いてないの。
「ご不安ですか?」
青ざめる私に気付いたのか、レックスさんが顔を覗き込んでくる。
ち、近い。
って言うか、イケメン。
このイケメンに嫌われたくねぇなぁ、ちくしょう!
「い、いえ。頑張ります」
こうなったら、やるしかない。
この人生、一度も宿題ってものをまともにしたことはなかったけど、
やるしかねぇ!
ママだって「スイはやればできる子」って言ってたしね!
でも、この言葉ってどこの親も言うって聞いたような……。
「ご無理はなさらないように」
レックスさんが、やる気を出し切れずにいる私の肩に手を置く。
「スイ様のために、最強の家庭教師軍団を用意します。学科試験も技術試験も、一流の研究者に声をかけますので。絶対に、私が貴方を合格させてみせます」
「ありがとうございます……!」
嗚呼、レックスさん。
どうして、私なんかのためにここまでしてくれるの??
これは本気で勉強しないと……。
「でも、私凄い馬鹿なので……時間はかかってしまうかもしれません」
照れ臭くて顔を赤らめる私だったが、レックスさんは眉を寄せる。
「いえ、短期間で資格を取ってもらいます。そうですね、遅くとも一ヶ月半で取っていただきます」
「へっ? なんで一ヶ月半なんですか??」
「それはですね……」
レックスさんはどこか言いにくそうだ。
「実は二ヶ月後、ベイル様の誕生日があります」
へぇ! ベイルくんの誕生日!
それはお祝いしてあげないと……
って、そういうことじゃないんだよね、きっと。
「そのとき、国王とビーンズ将軍の前で、ベイル様がドラクラとして相応しいかどうかを見極める、儀式が行われます。トランドスト王国のこれからによって、とても重要な儀式です」
「それってつまり……」
レックスさんは頷く。
「ここでベイル様が変身できなかったら、王位はフレイル様のものになる、と考えて間違いありません。そのとき、私たちはベイル様のお相手となる聖女に、スイ様を推薦します。ただ、そのときまでに王族聖女の資格を取得していただかなければ……」
「なければ……?」
「門前払い……というか、城どころか王都から追放されることになります」
「つ、追放??」
そこまでされるの??
「はい。と言うのも、スイ様は城に入ることも許されない身です。今は王族聖女の候補としてこの部屋を用意していますが、それが一般聖女の資格すら持っていないと知れたら……」
「えっ? でもそれって、今から資格を取っても遅くないですか?」
「いえ、そこは何とかします。優秀な適性のある人物を確保した、と主張して押し切るつもりです。何よりも、ベイル様と同調可能となれば、その程度のことは目をつぶるものがほとんどです」
「本当ですか……?」
「私を信じてください」
そ、そんなお腹に響くような良い声で言われたら……
「はい!」
って言うしかないだろうが!
もう、これだけでお腹がいっぱいなのに、レックスさんはまた私の手を取る。
「スイ様、本当に貴方だけが頼りです。なので、どうか私に貴方を守らせてください」
「ひゃ、ひゃい!」
近いよう!
なんなの、この人?
もしかして、私のこと好き??
それとも好きにさせて何か貢がせようとしている?
そうだ、ママが都会には「ほすと倶楽部」っていう場所があって、そういう男がいっぱいいるって泣いていた気がする!
「あの、あの……!」
パニック状態で口のパクパクさせる私にレックスさんは首を傾げる。
「えっと、私がもし王族聖女の資格を取ったら、お願いが……」
「なんでしょう? スイ様の要望なら、できるだけ叶えたい」
「お、王都を案内して、ほしいです! レックスさんと、その、一緒に……王都を歩きたい、です」
尻すぼみになる私を見て、レックスさんはどう思ったのだろうか。ただ黙って見つめられている。そんなに見つめられたら、眉間に穴が開きそうなんですが……
っていうか、ダメならダメって早めに言ってね?
「喜んで。観光地から穴場まで、スイ様が王都を好きになってもらえるよう、全力でエスコートさせていただきます」
ひょおおおーーー!!
王子様や!
絵本に出てくる王子様は本当にいたんや!
ママは「そんなのいないわ。パパを見なさい。あれが現実。しかも悪くない方の現実よ」とか言っていたけれど……王子様はいたんやーーー!!
「しかし」
とレックスさんは付け加える。
「今日から一ヶ月半は猛勉強・猛特訓の日々になりますので、ご覚悟を」
「……今日から、ですか」
私の手を包み込む大きな両手から、少しだけ「逃げ出したい」と思ったとき、部屋の扉が開いた。
「スイさん、お待たせしまし……えっ?」
ベイルくんが帰ってきたのだった。




