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決戦

よく晴れていた。しかし、かつて大聖女の故郷だったこの土地は、一夜にして呪木の森と化していた。


フレイルが急遽作られた仮説拠点の上から、どこまでも広がる毒の霧を吐く森を見下ろしていると、その後ろに妻のリリアが。


「フレイル、集結したフォグ・スイーパが五百組を超えたわ。いつでも行けるけど?」


「……正午まで、まだ時間がある」


「でも、呪木がどんどん増えている。早めに除去を始めるべきじゃないの?」


「正午まで待つと、兄さんに伝えたんだ。……少しでもあの人を裏切るようなことは、したくない」


リリアは黙って夫の傍らに立つと、黒い森を見下ろした。彼女にできることは、それくらいだった。そのまま、時間が経過する。


「……正午だ。攻撃を開始する!」


フレイルの指示は、拠点の下に集まったフォグ・スイーパ、騎士、サムライたちへ、瞬く間に広がって行く。そして、各部隊のリーダーたちの指示に従い、霧の除去を開始した。


「当然だけど、デモンの数も多いわね。さすがに五百組なら余裕はあると思うけど……」


フォグ・スイーパたちの動きを見下ろしながらコメントするリリアだが、フレイルの表情は険しい。


「いや、ラインハルトは何かを隠し持っている。これだけでは済まないはずだ。リリアもすぐに出られるよう、準備していてくれ」


「安心して。私はいつでも大丈夫」


「……地下研究所に突入したら、安全は保障できない。覚悟はあるか?」


「私を誰だと思っているの? グレイブのためにも、当たり前のように終わらせて、早々と帰るんだから」


安心なのか、信頼なのか、フレイルはただ笑みを浮かべた。しかし、フォグ・スイーパたちの動きは想定以上に鈍い。


「なかなか採掘施設までの道が開かないな。状況を報告しろ!」


指揮官がフレイルに答える。


「何でもデモンがこれまでにないパワーで抵抗しているようです。体感では二倍に近い強さだとか!」


指揮官はやや狼狽(うろた)えているようだが、フレイルは表情を崩すことはない。


「分かった。では正面は私が切り開く。戦力を集中させろ」


「しかし、王自らが出るとは……。御身に何かあったら!!」


「そう思うのならば、死ぬ気で守れと伝えろ。全体に私の出撃が伝わると同時に出る。急げよ」


フレイルとリリアが霧の中を進む。馬に跨って、前へ前へと突き進み、デモンたちの堅い守りが乱れたようだった。しかし、掘削施設まであとわずかというところで、巨大なデモンが現れる。


「なんだ、あいつは!」


フォグ・スイーパとして数多くの経験を積んだフレイルすらも、驚愕するスケールに、周りの仲間たちも逃げ腰になる。


「恐れるな! 巨大デモンの駆除は王子時代に経験している。私に続け!」


その声に、フォグ・スイーパたちは奮起するが、フレイルは内心で苦笑いを浮かべる。


(まぁ、これほど大きくはなかったし、実際に倒したのは兄さんだったけどな)


フレイルを先頭にドラクラたちが激闘を繰り広げ、リリアをはじめとする聖女たちの援護によって、巨大デモンを撃破する。しかし、フォグ・スイーパたちは疲弊していた。


(ここは前哨戦。あくまで掘削施設に突入してからが本番なのだが、ここまで消耗しては旗色が悪いぞ)


しかし、霧はフレイルたちをさらに追い詰める。ずん、ずん、と地鳴りが響いたかと思うと、つい先程倒したばかりのデモンと同じサイズの個体が、複数現れたのだった。


「も、もうダメだ……」


ドラクラの一人が呟く。

すると、恐怖と絶望は瞬く間に伝播し、フォグ・スイーパたちが気弱な態度を見せ始めた。


「立て! この私がいる限り、勝利は約束されている。立って、戦うのだ!」


フレイルが奮起を促すが、大きな効果は得られず、ついには膝を折るものも現れる。さらには、デモンたちの中に、赤い服を着た暗殺者たちの姿まで見られ始めた。


「フレイル様。そのお命ちょうだいします!」


フレイルが死ねば、国が傾くことは間違いない。それでも、赤服たちは躊躇いなくフレイルに刃を向けようとしていた。どうやら、彼らはただ命を奪うことに喜びを感じているらしい。


「くそ、絶体絶命か! ……リリア!?」


嫌な予感があった。振り返ると、いつものようにリリアの姿があったが、その背後に赤服が立っている。そして、赤服が短剣を振り上げ、リリアの首筋に落とした。


「リリア!!」


ここで失うのか。兄を裏切り、逃げ出すことすらできず、やっと自分の運命を受け入れ始めたのに。


手を伸ばすが、どうしても届かない。時間がない。フレイルはただ叫んだ。しかし……。


「お待たせしました、兄さま」


世界は静止していた。巨大なデモンも、赤服たちも、動きを止めている。そして、緑色の光が風のように漂い、疲弊したフォグ・スイーパたちを包み込んだ。


「これは……あのときの?」


十四年前に見た、あの光景と同じだった。すべてが緑色の光に包まれ、動きを止めている。眩しくて、優しい光が。それを見た誰かが呟く。


「大聖女の……奇跡」


デモンたちの合間を拭いながら、こちらに近付く三つの人影を目にして、フレイルは安堵の息を吐いた。


「遅かったぞ、ライム」


「申し訳ございません。少し想定外のことがありまして。でも、大丈夫です」


緑色の輝きを放ちながら、二人の男を引き連れる少女は、大聖女ライム・ライオネスだ。彼女がフレイルに頷くと、どこからか蹄の音が聞こえてきた。


「あの人もきました」


黒いマントに身を包んだ、仮面の男がライムたちの傍らを通過し、掘削施設へ向かう。その横には、芋虫男と呼ばれた人物の姿も。


「……兄さん」


フレイルの呟きに、小さな微笑みを見せるライム。そして、周囲のフォグ・スイーパたちに希望を与えた。


「さぁ、反撃を始めましょう。敵はすぐそこです」

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