残りの命は
朝日を背にして、二人は会話を始めた。
「なぜ、ここが分かった」
「兄さまが残したアンプルです。聖女の血を直接体内に取り込む、という発想はもちろんですが、それを兄さまの体に合った濃度に調合するなんて。そんな離れ業を思い付く人間は、トランドストには一人しかいません」
「……できれば、彼女のことは見逃してほしい」
「善処するつもりです」
「……俺を捕らえるつもりか」
「いえ。絶妙に相性のいい血を使って変身する兄さまに勝てるドラクラはいないでしょう。私はただフレイル兄さまからの伝言を伝えにきました」
ベイルは無言で続きを促す。
「明日……いえ、今日の正午に、ラインハルト博士の地下研究施設へ攻撃を開始するそうです。決着を付けるなら、それまでに戻ってきて欲しい、と」
ベイルは反応を見せないが、きっと必ず決戦の地に訪れるだろう。ライムは確信した。ただ、気になることがある。
「確実に勝つため、聞きたいことがいくつかあります。先程現れた赤い服の男たちは、ドラクラなのですか? 霧の中で自由に動き回っていましたが、聖女の血を必要としているようではありませんでした」
「……改造人間だ。もとはただの暗殺者だったが、今は体の八割をデモンのものと交換している」
「そんなことが可能なのですか?」
「ラインハルトは俺たちの想像を絶するほどの年月を霧の研究に費やしている。いや、この星の研究を続けている。その程度は可能だ」
「ラインハルト博士は何者なのですか?」
「君が知る必要はない」
なぜ、その質問は避けるのか、ベイルは踵を返すと、つながれていた馬の方へ歩き出してしまった。
「待ってください。フレイル兄さまは……ベイル兄さまと一緒に戦うつもりのようでしたが、私の気持ちは違います」
ベイルは背を向けたままだが、足を止める。
「復讐を果たしたとしても、スイさんは戻ってきません。それ以上、体に負担をかけるよりは、私たちを信じてもらえないでしょうか。ラインハルト博士の悪事は、必ず食い止めてみせますから」
「俺は君を信用していない。それに、あの人は生きている」
「え?」
「地下深くで石に固められても、生きているんだ」
顔には出さなかったものの、ライムにとって衝撃の事実である。赤い球体に埋め込まれ、石像のように白く変色した、かつての大聖女は、あの状態で生きていたのだ。だとしたら、いつからあの状態だったのだろうか。ベイルは言う。
「長い間、彼女はあの姿のまま、目の前で残虐な行為を見せつけられていた。女も、子供も、容赦なく引き裂かれて。ラインハルトからしてみれば、ただの作業を繰り返しているつもりだろう。でも、あの人にとってそれは……」
ベイルは拳を強く握りしめる。
そこには、どれだけの怒りが込められているのか、ライムには想像もできなかった。
「やはり、一緒に戦ってはもらえないでしょうか? 私を信じられないのであれば、フレイル兄さまの傍で……リリア姉さまもいます。昔みたいに、三人が揃えば……!!」
「これを見ろ」
ベイルは振り返ると、マントの中から左腕を伸ばした。しかし、その腕は……。
「ま、まさか、兄さまも……」
「そうだ。俺の体も半分はデモンのものだ」
彼の左腕は黒く禍々しい異形のもの。ライムたちが何度も戦った、デモンのものだった。
「改造に改造を重ねられ、あとどれだけ生きられるのかも、分からない。既に人間ですらないんだ。今さら、あの二人に迎えられたとしても、余計な気を遣わせるだけだ」
「そんなことは……」
ライムは何も言えなかった。フレイルは、彼に対して何かしらの後ろめたさを感じている。リリアも同じだ。今の彼の姿を見てしまったら、二人は昔みたいに彼と笑い合えるだろうか。そもそも、幸せな夫婦となった二人を見て、彼は何を想うのだろう。普通なら素直に祝福できるはずがない。
「だから」
ベイルは仮面を外すと、ライムに微笑みを見せた。
「残りの命は、あの人を助けるまで残っていればいい。その後は……ライム、君があの人の夢を叶えてやって欲しい。彼女なら、もう一度、大聖女として羽ばたけるはずだから」
そう言い残して、ベイルは再び仮面で素顔を覆うと、馬に跨り、走り去ってしまった。ふと気配を感じて振り返ると、そこにはニア・ジェニイ博士の姿が。
ライムは彼女に聞くことが山ほどあった。
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