懺悔
時刻は夕暮れ。オレンジ色に染められたララバイ村は、所々に大穴が開いている。恐らくは地核の調査によるものだろう。その影響で、いくつもの家が取り壊されていたが、その家だけは奇跡のように佇んでいた。
郵便受けには「ムラクモ」と。
フレイルはそれを見て、痛まし気に目を細めた後、扉の方へ向かった。
「兄さん、いるんだろ?」
フレイルは二度ノックした後、扉の向こうに呼びかける。が、返答はない。
「返事がありませんね」
ライムがドアノブに手を伸ばすが、フレイルがそれを止めた。
「三人は外で待っていてくれ。私が中を調べる」
「しかし、ベイル兄さまの目的は分かりません。危険ではありませんか?」
王の命を狙っている。それもまだ否定できない状況だ。しかし、フレイルは首を横に振った。
「俺は兄さんのことを良く知っている。こんなところで、弟の俺を殺すような人じゃない」
「……分かりました」
フレイルが一人でムラクモ家の中へ入って行く。王の指示通り三人は待機するものと思われが、ライムは振り返り、イリアを見た。
「イリアさん、中の人物にも、フレイル兄さまにも気付かれないよう、侵入してください」
「承知」
「万が一のことがあった場合は、フレイル兄さまの命が最優先です。手段は問いませんので」
ライムが言い終えると、既にイリアの姿はなかった。
ムラクモ家は静まり返っている。
当然のことではあるが、生活の気配というものは何年も前に忘れてしまったようだ。
フレイルは足音を立てず、リビングを覗き込むが、兄の姿はない。二階だろうか。慎重に階段を昇ると、突き当りの部屋からわずかな明かりが漏れていた。
部屋の扉をゆっくりと開けると、黒いマントに覆われた背中が。
「……兄さん、なんだろ?」
部屋の隅には芋虫男の姿もあった。眠っているのだろうか。背中を壁に預けて座り込み、項垂れたまま動かない。フレイルは兄の背に視線を戻し、再び声をかける。
「生きていたんだな、良かったよ」
やはり、反応はなく、フレイルは一方的に声をかけるしかなかった。
「でも、生きていたなら……どうして、戻ってきてくれなかったんだ? 残された俺たちが、どういう気持ちだったか」
フレイルは思う。ここまできて、綺麗ごとを並べる自分は卑怯だ。あのときから、変わっていない。
「……知っているだろう? あの夜、二人が襲撃されたのは、俺のせいだって」
返ってくる沈黙は、これまでと変わらなかったが、フレイルにはより重いものに感じられた。
「だから、許せなくて戻ってきたんだ。俺を殺すために!」
フレイルは今度こそ、その場に崩れ落ちてしまう。
「すまない。俺があの夜……エンゲの誘いに乗ってしまったから、兄さんとスイさんは! 俺は恨まれて当然だ。殺されて当然だ。だけど……」
リリアと子どものことは見逃してほしい。
その言葉が出てこなかった。
そんなフレイルの弱さを確認するように、ゆっくりと兄が振り返る。
「があああぁぁぁーーー!!」
唐突に獣の咆哮が。
それは部屋の隅で項垂れていた芋虫男だった。
何に反応したのか、フレイルの背中を襲撃する。
だが、フレイルは見えていた。
見えていて尚、動くつもりはなかったが……。
「ぐへあっ!!」
芋虫男が押し潰されたように、床へ倒れ込む。
「王、離れてください。危険です」
どこに隠れていたのか。イリアが降ってきて、芋虫男の肩口に剣を突き立ていたのだ。
「イリア! なぜここに!」
「王の命は何を犠牲にしても守る。騎士として当然のことです」
「……ちがう! 本物の王はそこにいる。私など偽りの王だ! そうだろう、兄さん!」
フレイルによる必死の訴えに対し、ついに兄が口を開く。
「騎士の男。ベータ・ワンを解放してやってくれ。王を傷付けるようなことは、させない」
「……言うとおりにしてくれ」
イリアは言われた通り、芋虫男から剣を引き抜き、体を離す。床に紫の液体が広がっている。致命傷のはずだが、芋虫男はゆっくりと立ち上がった。兄は無言のまま部屋を出て行く。芋虫男もそれに従おうとした。
「兄さん、待ってくれ!」
そこで、初めて兄は弟と言葉を交わすため、足を止めた。
「フレイル」
その声を聞き、フレイルは怯えつつも差し伸べられた救いであるかのように、次の言葉を待つ。しかし、それは彼が思っていたものとは違っていた。
「俺はお前に興味がない。不幸であろうが、幸福だろうが、どうでもいい。何を切り捨て、何を大切にするのか、死ぬも生きるも……好きにしろ」
階段の軋む音が少しずつ遠ざかっている。それは、フレイルの心音と共鳴するかのようだった。
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