小さな小さなプレゼント
襲撃者の踏み込みは速く、並みのドラクラではないことが瞬時に分かった。面を食らいながら、何とか剣を受け、距離を取り直すフレイルだったが、一撃の重さに息を飲む。
「フレイル!」
追撃に踏み出そうとする襲撃者をリリアの干渉が阻む。五本の見えない手による包囲。だが、襲撃者はそれを難なく躱し、フレイルへ詰め寄ってきた。
「何者なのだ、この男は!」
フレイルは横一文字に剣を振るって迎え撃とうとするが、襲撃者は腕一本で受け止める。
「なっ!?」
そして、反撃の切っ先がフレイルの胸に。容赦のない、心臓を狙った一撃。王の命が一瞬で失われるかと思われたが、それはピタリと止まった。リリアの干渉だ。
「フレイル、ちゃんとやって!!」
「分かっている!」
フレイルは素早く剣を引き直し、次の一撃を繰り出す。剣撃と剣撃がぶつかり合う音が何度も響いたが、フレイルの剣は一度も襲撃者を捉えることはなかった。しかし、リリアに焦りはない。
(だって……これなら、どんな敵だって!)
リリアは自らの得意技を繰り出す準備ができていた。ひっそりと干渉の手を敵の近くに忍ばせ、タイミングを見て、足元を狙う。しかも、そのタイミングはフレイルも分かっているため、どんなデモンであっても確実に仕留めてきた技だ。
(今だ!)
リリアが敵の足を引っかける。襲撃者がバランスを崩すと同時に、フレイルの一撃が……と思われが。
「嘘でしょ!?」
襲撃者はリリアが仕掛けるタイミングを分かっていたかのように、変則的な動きによってやり過ごすと、飛びかかってきたフレイルを迎え撃った。
「クソっ!」
必殺のタイミングで勝ちを確信していただけに、フレイルは攻撃を避けられた瞬間、反応が遅れてしまった。低い姿勢からフレイルの懐に飛び込んだ襲撃者は、肘を叩き込む。それは見事に鳩尾へヒットし、フレイルはたまらず蹲ってしまうのだった。
「フレイル、立って!」
敵の前に膝を付いて動かないフレイル。このままでは王の命が失われてしまう。リリアは命を賭して、彼を守ろうとしたが、敵は剣を振り上げることはなく、フレイルを蹴り飛ばして、自らが進む道を開いた。そして、敵の道を塞ぐ存在はリリアだけになる。
「り、リリア……逃げろ!!」
ゆっくりと歩みを進める襲撃者。
リリアはどうすればこの状況を切り抜けられるのか、頭を全力で回転させるが、打開策は何一つとしてない。
向き合う二人。既に襲撃者の間合いに入ってしまったリリアは、死を覚悟しなければならなかった。しかし、襲撃者は足を止める。一秒、二秒と動きを止めたのだった。
「やめろぉぉぉーーー!!」
その隙に、フレイルは息を整え、何とか立ち上がると、襲撃者の背に向かって踏み込んだ。そして、渾身の一撃を振るう。それは意表を突いたのか、今までと違って襲撃者の回避に余裕はなかった。
「やったか!?」
襲撃者の胸板を切り裂いたかのように思えた。だが、実際はマントの一部を切り裂くに終わる。ただ、フレイルは見た。黒衣の間から覗いた小さな輝きを。
「……馬鹿な」
フレイルと襲撃者、両者の足が止まる。まるで、時間が止まったかのように、二人は動かなかった。先に動いたのはフレイル。震える唇で、言葉を発しようとしたが、それは妨げられてしまう。
「危ない、フレイル!!」
「な、なんだ!?」
悲鳴に近いリリアの警告に反応するフレイル。それは、どこからか現れた芋虫男だった。彼はフレイルの死角から襲い掛かり、襲撃者を逃がそうと、必死に食らいついてくる。
「ベータ・ワン、構うな。先に進む!」
襲撃者の声に、ベータ・ワンと呼ばれた芋虫男はフレイルから離れる。そして、彼らはフレイルとリリアを無視して、どこかへと立ち去ろうとした。
「待ってくれ!」
フレイルは引き止めようとするが、先程受けた一撃が効いて、足に力が入らない。リリアに体を支えられ、もう一度顔を上げたときには、二人の敵の姿はなかった。
しばらくの沈黙。
フレイルは敵の正体に、言葉が出てこなかった。ゆっくりとリリアを見ると、彼女の顔が青ざめている。たぶん、彼女も気付いたのだ。
「見たのか……?」
問いかけに、リリアは頷く。
その反応を見て、フレイルは全身の震えを止めれず、ただ彼女にそれを確認するしかなかった。
「兄さんだった。そうだよな?」
「……うん。マントの下に、見えた。あの安っぽいバッヂ」
「誕生日にスイさんからもらったって、ずっと大事にしていた、あのバッヂだ。やっぱり……ベイル兄さんに違いない」
二人はお互いに見たものを確認すると、言葉を失ってしまった。もう何年も前に死んだはずの兄。彼が帰ってきたのだ。
でも、何のために?
いや、フレイルは知っている。理由なんて、一つしかないのだ。
「復讐のためだ。俺を殺すために、帰ってきたんだ」
フレイルの呟きに、リリアは何も言わなかった。
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