大聖女の予感は
「あら、ライム。久しぶりね」
フレイルが待つ、掘削施設の上部へ移動したところ、珍しいことに王妃であるリリアの姿があった。
「姉さま。どうして、こんなところに?」
「フレイルが来て欲しいって言うから一緒にね。彼、ライムが嫌な予感がする、って言ってたの気にしていたみたいよ」
「クレイブくんはどうしたのですか?」
「王都のライオネス本家よ。お母さまたちに任せてきた」
リリアの父は十四年前に名誉の死を遂げた、ビーンズ・ライオネス将軍だ。彼が亡くなっても、その妻たちは健在で、今もライオネス家に仕えている。そして、彼女らは孫となるクレイブを猫のように可愛がっているのだ。
「だったら、安心ですね。フレイル兄さまはどちらに?」
「こっちよ。一緒に行きましょう」
子育てで忙しくなったリリアと、一緒に歩くのは久しぶりだった。
この人も変わった。
ライムはそう思うが、何が変わったのかと言われたら上手く説明はできない。それだけ、人の変化は小さいものの積み重ねなのだろう。
移動中、リリアに質問を投げかけられる。
「それで、嫌な予感の正体は何だと思うの?」
現役を引退したとは言え、リリアはサムライの娘であり、聖女でもある。こういったトラブルの予兆には敏感だ。
「分かりません。でも、非常に危険な何かが迫っているような気がします。恐らく、霧も発生するはずです」
「霧が? でも、フォグ・スイーパは後方で待機って聞いたけど……大丈夫?」
「あくまで個人的な予想なので、信じてくれる人はいませんでした。ここは霧が少ない地域なんだそうで。もし、本当に霧が出たら、騎士の皆さんもサムライの皆さんも、苦戦を強いられるでしょうね」
「今も縄張り争いが激しいのね」
リリアは呆れながら肩を落とすが、ライムは平然と「そいうことです」と同意した。
「せめて、ライムだけでもすぐ動ける場所に配置すればいいものを、自分たちで首を絞めているわけだ、あの人たちは」
騎士とサムライの不手際を嘆くリリアだが、掘削施設の上部から第38調査地区の自然溢れる景色を眺めつつ、ライムはそれを否定する。
「いえ、案外……漁夫の利を得られるかもしれません」
そこから、フレイルに挨拶を済ませ、テレビの取材を招き入れた。本来であれば、複数のメディアによって生中継される予定だったが、テロの危険性から、国営放送の取材のみ、しかも録画による放送に落ち着いた。
「まぁ! フレイル様とリリア様だけでなく、大聖女様までお出でなんて!」
レポーターの女はライムを見て目を輝かせた。フレイルとリリア、ライムは国民であれば誰もが知っている有名人のトップスリーである。その全員が揃ったとなれば、テレビ側としてはこれ以上にない状況だろう。男性カメラマンがしっかりとライムを映し出したので、彼女はピースサインで答える。
「ライム・ライオネスです。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。あの、よろしければ、今度独占でドキュメンタリーなど撮らせていただけないでしょうか?」
「考えておきます。広報の方に改めて問い合わせてみてください」
そんな会話がありつつ、取材が始まった。フレイルが掘削施設の中にある研究所を回り、各セクションの責任者たちに声をかける風景を撮影する。狙いとしては、大正常化計画は王都周辺ばかり進められると批判されがちだが、王が自ら視察することで、地方を蔑ろにしているわけではない、とアピールすることだ。
「本当に意味があるのでしょうか?」
早くも退屈を感じたメラブの不満に、イリアは肩をすくめる。
「最近はメディアを信じない国民も増えましたからね。それでも、やらないよりはマシでしょう」
「そんなものですかねぇ」
研究所の下層部から上部へ移動し、先程ライムとリリアが会話した場所に戻ってきた。大自然を一望できる、この景色をカメラに抑え、地方も大正常化計画を積極的に進めている、とフレイルが説明したところで、取材も終わるかのように思えた、そのときだった……。
「大聖女様、あそこ……人がいませんか??」
異様に視力の良いメラブが、掘削施設から遠く離れた地上に、人影を見つける。
「……敵、かもしれませんね」
ライムも確認するが、その数はたったの一人。フレイルも脅威を感じた様子はなく、静かに指示を出した。
「念のため、あの男の身元を確認しておけ。抵抗するなら拘束し、話を聞くように」
大事になることはない。
ほとんどがそう思っていた。
しかし、ライムが抱いてた嫌な予感が、すべて現実のものとなるのだった。
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