届かない声
それから、たくさんの死骸を見た。私と同じ黄金の瞳を持つ少女の死骸を。何度も繰り返し見た。
「おかしい。なぜ感情が生まれるのか……分からん」
しかし、エリオットにとって想定外なことがあったらしい。ただの支えとして使うはずのコピーに、感情が生まれてしまうのだった。
「まぁ……目的の弊害になるわけではない。星と融合できれば、何でもいいのだ」
だが、彼はその問題を解決するつもりはないらしい。既に彼の魂は半分近く失われている。きっと、誰かの苦しみなど、もう理解できないのだろう。
「これを見てくれ。思わぬ副産物が生まれた」
それは頭に巨大な機械を装着させられ、椅子に座る少女だった。
「君の聖女の意識に干渉する能力を再現できるようになった。これを使えば、特定の聖女の感情をある程度なら操作できる」
「それって……人の意思をコントロールするってこと?」
「精度を高めれば、いずれはそうなる。が、今はナノマシンを経由して、本音を引き出すくらいの機能しか発揮しないかもしれんなぁ」
このころから、エリオットは私の名前を呼ばなくなってしまった。たぶん、もう忘れてしまったのだ。
「ごめん。これ以上は、見ていられない」
「……ここを去るか? ワシがどれだけ君を研究したと思っている。君のソウルボディは、この研究所から出られはしないよ」
エリオットの言う通りだった。研究所の中なら自由に動けるが、そこからは出られない。エリオットは天才だ。彼の発明は私の星の技術力に近付きつつある。いくら長い時間をかけたとは言え、あり得ないことだ。
体をいじられ、ゴミのように捨てられる少女たち。私はそれを眺め続ける日々を続けたが、ある日、脱出のチャンスを得る。
「ムラクモ博士、本気ですか?」
どこからか、男女の声が聞こえた。
「本気だ。いくら何でも、子どもを廃棄するなんて……僕にはできない」
「でも、エンゲ様に見付かったら殺されるかもしれません」
「その上でマリナ、君に頼みたい。実験体38b48b を生かすため、一緒にきてほしい」
「……分かりました」
私はこの男女に賭けることにした。私によく似たボディの少女。これにソウルボディを潜り込ませれば、研究所の外に出れるかもしれない。
二人はエリオットに悟られないよう、計画を進め、少女と共に研究所を脱出した。もちろん、私のソウルボディも一緒に。二人はトランドストシティ――今は王都と呼ばれていたか――から抜け出し、ただただ遠くへ向かった。
そして、たどり着いた場所が……偶然なのか、運命なのか、私の本体があり、エリオットと出会った地、ララバイ村だった。
「始めまして。僕の名前はジョイ。よろしくね」
そこで、私はジョイに出会う。 実験体38b48b……スイを通して。ジョイを見ていると、ブルノを思い出した。そして、そんなジョイがスイを人間らしく成長させたところを見ると、人にとって愛情を受けることの大切さを改めて知るのだった。
それなのに、スイは王都へ行くと言う。別に聖女なんか目指さなくてもいいのに。どこでも、同じようなことが起こるものなのだ。そう思うと、過去の出来事が馬鹿らしく感じられた。
ララバイ村から、私はスイを見守る。王都でエリオットに出会わなければんいのだけれど……そう願ったが、やはり運命は二人を引き寄せてしまう。
最初にスイがエリオットを見かけたのは、彼女が王都に到着した日のこと。彼女は自室の窓から庭を見下ろし、庭のベンチに座る彼を見た。
「あの人もベイルくんの親戚の一人かな?」
信じられないことに、スイには彼が若かりし日と同じ姿に見えていた。彼の魂を見たのだろう。あるいは、それだけ彼女と私の魂は同調していたのかもしれない。
初めての会話は、スイが聖女の資格を取ってからのこと。
「出身はどこだ?」
エリオットは、スイを見てすぐに分かったようだった。彼女がかつて実験体だったということを。
「田舎です。とんでもない田舎」
「村の名前を言いなさい」
「……ララバイ村、です」
スイの答えを聞いたエリオットの表情。間違いない。私の居場所が知られてしまった。すぐにエリオットはやってくるだろう。
そう思ったが、数年の猶予があった。その間、私はスイとベイルの活躍を見守る。二人を見ていると、昔の自分たちを思い出す。エリオットがまだ何も知らなかったときの自分たちを。ただ、一つ心配なことと言えば、スイは驚くべきスピードで私の力を引き出すことだった。
「聞こえているか。ついにたどり着いたぞ」
これはエリオットの呟きだった。私が見ている、と勘付いたのだろう。王都の自室で一人呟く。
「実験体38b48bは君の代わりになり得る。あと少しで解放してやれるんだ。それまで待っていてくれ」
「そうはならない」
私は彼に伝えた。
「スイちゃんは確かに力はある。だけど、星を支えるくらいの力を得るには、少なくとも百年は必要よ。人間はそんなに長くは生きられない」
「問題ない。見ていてくれ。本当にもうすぐだ」
胸騒ぎがして、スイに注意を呼び掛けるが、もちろん私の声など聞こえはしない。彼女と接触できないまま、エリオットが言った通り、彼女は現人類が到達できないであろう境地まで、たどり着いてしまうのだった。
「ダメだよ。それ以上、力を使ったら……この星の支えに使われてしまう。お願い、どこかに逃げて!」
成長した彼女なら、私の声が聞こえるかもしれない。そう思って何度も声をかけたが、上手くチャンネルが合わなかった。それでも、スイは私の声を聞こうと、何度も地核にアクセスする。
「いつか、貴方の声も聞いてみせるから、待っててね!」
スイは何も知らず、ただ前を向いて進むかのようだった。その先に、巨大な落とし穴が待っている。そんなことすら伝えられないなんて……。




