星を継ぐ巫女
エリオットが死んだ。この星の人間にしては、かなりの長寿。九十八歳まで生きたが、ある日、使用人が彼を起こすために寝室へ入ったところ、返事がなかったようだ。まさに、眠るような最期だったと思う。
「また一人になっちゃった……」
一時ではあったが、誰かに愛情を与えてもらったことは、幸福だった気がする。ただ、エリオットが死んで少し安心している気持ちもあった。
トランドストシティを離れ、私は星の巫女として人々を見守る日々を続けたが、間もなくして人間同士の争いが始まってしまい、地形が変化し、文明の衰退が始まった。
もし、私とドレンが一緒にこの惑星に訪れていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。また、遠き日のことを思い出してしまうほど、孤独を感じ始めた頃だった。
「ヴェルト、やっと見つけたよ!」
地底で眠っていた私を、呼び起こす若い男の声が。
「まさか……エリオット?」
彼は三十代の男性で、目も髪の色も、エリオットとはまるで違う姿だったが、私には分かった。この惑星で私の名前を知っている人間は彼だけだったし、何よりも魂が酷似していたからだ。
「君を見つけるまで、本当に大変だったよ。戦争のせいで、地理がめちゃくちゃになってね。君の生命反応があった場所に穴をあけて、何度も地核にアクセスしなければならなかった。トランドストだけでも、たくさんの地核があったから、本当に大変だったよ!」
はしゃぐエリオットだったが、それよりも私は死んだはずの彼が、こうして姿を変えたことの方が驚きだった。
「どうして……生きているの?」
「びっくりしただろう? エリオットの肉体が限界を迎える直前に、君のソウルボディを参考にして、魂を別の肉体へ移す技術を完成させたんだ。これで三体目かな。ただ、完全移行は難しくてね、肉体を離れるとき、魂の三パーセント未満が失われてしまうんだ」
「魂が失われる……?」
「うん。でも、平気だよ。僕の計算が正しければ、魂の半分が残っている時点で、君をこの星から解放できるはずだから」
「半分って……。ダメだよ、エリオット。お願い、そんな危険なことはやめて!」
「やめないよ。だって、ヴェルトを助けられるのは、僕だけなんだから」
「だとしても、貴方がやる必要はない」
「やりたいんだ」
彼の目は、真剣だった。
いや、既に狂気に染まり切っていたのだろう。
「僕は知っている。君がどれだけの孤独を過ごしてきたのか。この星では、君と同じ時間を過ごせる人間は誰一人として存在しない。だから、星に帰してあげないと。君を一生の孤独に閉じ込めるなんて……そんなの、僕は許さない」
そして、彼が何を想っていたのか、初めて知る。
「許せないんだよ。……君が助けを求めていたのに、その手を最後まで握らず、逃げ出した奴らが」
そう、私は知らなかったのだ。いつまでも、私は彼が子どものままだと思っていたのだから。
「だから、僕は最後まで君を幸せにすることを諦めない。この魂が壊れても、必ず君を星に帰す。だから、止めないで欲しい。最後まで、君を愛することを許してほしい」
過去の記憶が過る。
私はあのとき、ブルノを試した。だから、彼は去ってしまったのだろう。愛することを許さなかった。簡単に受け入れようとしなかったのだ。
「ありがとう。エリオット」
今となっては分かる。この返事は、私にとって、ただの罪滅ぼしだった、と。あのときの後悔を打ち消すための、許しを得るための、自分自身が納得するための行為でしかなかったのだ。
それなのに彼は満足そうに微笑んだ。どこまでも、自分の意志を貫くという覚悟と共に、微笑んでいた。
「でも、私が解放されたら、この惑星は崩壊してしまうの。それは分かっているの?」
そう、この惑星は出会ったときから、半壊状態だった。崩れ落ちようとしていた。それを私が繋ぎ止めているのだ。
「大丈夫。君の代わりになる、星を支える存在を作ればいいんだから」
「作るって、どうやって……?」
「君のコピーを作るんだ。対異形生物アルファ……いや、今は聖女か。彼女らは非常に君と近い存在だ。これを少しずつ改良して、限りなく君に近付けば……。君が去った後も、この星を支えられるはず」
エリオットは少年のときのように、目を輝かせて言った。
「そう、星を継ぐ巫女を作るんだ!」
でも、それは誰かを犠牲にするということではないか。
「大丈夫。ただのコピーだ。そこに感情はないよ」
また長い月日が流れ、エリオットは何度も名前が変わった。それでも、私は彼を同じように呼んでいたが……。
「エリオット?」
ある日、エリオットの様子に違和感を覚え、呼びかけてみると、彼は首を傾げたのだ。
「……エリオット? ヴェルト、それは誰なんだい?」
着実に彼の魂と記憶が損なわれている。だけど、もう後戻りはできなかった。今さら、止められなかったのだ。誰かに助けを求めよう。
そんなことも考えたが、あの地底湖は戦争の影響で沈んでしまったし、聖女と呼ばれる少女たちも、私の声を聞けるほどの力は得られなかった。




