納得できる相手は
朝から学院で祈祷の練習を行った。隣では、ブルノがいて疑似的な惑星融合を試みている。目を閉じて集中しつつも、なかなか融合のイメージを掴めずにいるようだ。
「はい、ヴェルトはそこまで。相変わらず、素晴らしい精度だわ」
「ありがとうございます、先生」
教室中がざわめく。
「グリン家の娘らしいよ」
「へぇ、美人で才能もあるのかよ」
「いいよなぁ。カレシいるのかなぁ」
そんな声は私の欲求を刺激してくれるが、満足とは言えない。私の祈祷を見て、羨ましがるような男など、将来を期待できる人間ではないのだから。
それから、祈祷の時間が続いてしまったので、私は何となくブルノの方を眺めていた。
「ヴェルト」
ブルノが薄目を開け、私の方を見る。
「集中できないから、僕の方を見ないで」
「何それー」
しかし、目のやり場がなく、私は教室内を見回すと、ルジュがこちらを見ていた。私は微笑んで会釈したつもりだったが、彼女は少し頭を下げてから顔を背けてしまう。
可哀想に。貴方が大好きなブルノは私のことが好きなんだよ。
自分でも嫌な性格だとは思うが、そんな優越感に自然と浸ってしまう。
「はい、ブルノも合格。少し雑な部分はあるけど、なかなかと評価できるでしょう」
「ありがとうございます!」
生徒の三分の一がクリアした辺りで、ブルノも合格点を出す。その後、先生のちょっとしたアドバイスを受けて、講義は終わった。ブルノと一緒に教室を出ると、知った仲間たちに声をかけられる。
「ヴェルト、お昼にしよう!」
「ブルノくんも一緒なの? みんなで食べようよ」
「二人って仲良いよねぇ」
最終的には、私たちも含め同期が七人集まり、学食で食事を取った。ブルノがお手洗いに席を外すと、仲間の一人が言った。
「ねぇ、ヴェルト。ちゃんとカレシのこと、ブルノくんに言ったの?」
余計なことを。そう思いながらも、回答は決まっている。
「別に、私とブルノはそういう関係じゃないよー」
「でも、ブルノくんは絶対にヴェルトが好きじゃない。告白されたら、どうするの?」
ただ笑顔を浮かべ、誤魔化していると別の仲間が言った。
「私もカレシにするならブルノくんみたいな人が良いなぁ」
「なんで?」
聞き流せばよかったのに、つい気になってしまった。
「だって、真面目で良い子じゃない。誠実に愛してくれそうだし、長く幸せでいたいなら、絶対にブルノくんみたいなタイプよ」
「じゃあ、付き合ってみたら?」
嫌味というわけではないが、どこまで本気なのか試すつもりで言ってみると、彼女は何とも煮え切らないような顔を見せるのだった。
「それはまた違うでしょ。それに、ブルノくんはヴェルトのものなんだから。入り込む余地なんてないよ」
「そうそう。本当に忠犬って感じよね、ブルノくんは」
笑いに包まれ、別の話題に移ったのだが、そういうことではないか、と私は心の中で呟く。ブルノを手に入れたところで、本気で羨む人間なんていない。きっと、私とブルノが結ばれたとしても彼女らはこう言うんだろう。
――ふーん、結局は落ち着くところに落ち着いたって感じだね。
それは祝福でも何でもない。むしろ、嘲りに近いものだ。きっと、誰もが私がそういう道を選ぶことを望んでいる。名門の娘と言ってもその程度。手に入れる幸福は平凡で、自分たちと大して変わらないのだ、と。しかし、ブルノが戻ると誰もが何事もなかったように会話していた。なんだかブルノが可哀想だった。
すべての講義を終えると、いつものようにブルノが声をかけてきて、二人でステーションまで歩いた。
「この前のことなんだけど……」
ブルノが躊躇いがちに、私が涙した日のことを話題に出してきた。
「その後、大丈夫? 解決できていないなら、話しだけでも聞くけど」
「大丈夫だよ」
私は笑顔で答えるが、暗く重たい感情がお腹の中に渦巻いていた。彼は、私の悩み事を通じて、もっと深い関係を築こうとしている。私が求めているのは、そういうことじゃないのに。そんな姑息な手を使わず、私を恋に落としてほしかった。致命的な恋に。そうすれば、ドレンのことなんて簡単に別れられるのに。
『仕事終わったけど、マジで体調悪い。死ぬかも』
ブルノと別れると、ドレンからメッセージが入っていたことに気付き、激しい怒りを抱く。私のパートナは、ブルノよりも情けない男だ。それなのに、なぜ私は食材を買い込んで、ドレンの家に向かっている。
自分が分からない。自分が何を期待しているのか。
何を求めているのか。本当に分からない。




