幼馴染の女の子
「レックス! レックスってばーーー!」
固まったまま動かないレックスさんの服の袖を掴み、何度も彼を揺するベイルくん。しかし、レックスさんはなかなか動き出すことはなかった。
「ねぇ、ベイルくん」
置いてけぼりになっていた私だが、いい加減に何が起こっているのか知りたくて、ベイルくんの肩を叩いた。
「ねぇ、ベイルくん。そろそろ、どういう状況か説明して――」
ベイルくんがこちらを振り向いたが、それとほぼ同じタイミングでレックスさんが、カッと目を見開いた。
「はっ!」
正気に戻ったのか?
ベイルくんも期待の眼差しでレックスさんを見る。
しかし、彼の目は焦点が定まらず、ぶつぶつと呟きだした。
「いや、待てよ……。確か契約内容は……。だとしたら、行けるかもしれない。根本的な解決にはならないが、問題を先延ばしにできるのでは……?」
「どうしたの、レックス?」
レックスさんは何やら名案を思いついたらしい。それを察したベイルくんは、興奮したように何度も飛び跳ねて、何とかレックスさんの視界に自分の存在をアピールした。
「ねぇ、レックスったら! 何か思いついたのなら、僕にも教えてよ」
「いや、まず私に教えるべきだろ。一から説明しろって」
呆れつつツッコミを入れるが、二人とも興奮気味で私の声など耳に入らないようだ。妙な熱が帯びた状況が続いたが、最初に冷静を取り戻したのはレックスさんだ。
「ベイル様、まずは落ち着いて。スイさんも落ち着いてください」
「う、うん!」
「は、はぁ」
ベイルくんは元気よく返事していたが、私は何だか釈然としない気持ちだ。
だって、興奮していたのは君たちで、私は最初から落ち着いていたからね?
それはともかく、レックスさんが神妙な面持ちで説明を始める。
「これは、トランドスト王家とライオネス将軍家の問題……つまりは王国にとって、とてもデリケートな話です。まずは私たち三人だけの話、ということで」
な、なんだなんだ?
急に深刻になってきたけど。私、割と口軽い方だけれど、国家機密を打ち明けられそうになってない?
そんなの、責任と言う名の重圧に押し潰されそうで嫌だなぁ。
そんな私の気持ちなどお構いなく、レックスさんは話を続ける。
「いいですか、スイさん。実はですね、トランドスト王家は現在――」
「ベイルーーー!!」
しかし、それはどこからか聞こえてきた、美しい鈴の根のような少女の声に遮られてしまう。反射的に声の方へ振り向く私たちだったが……。
「り、リリア!!」
ベイルくんは「目ん玉が飛び出します」と言わんばかりに驚いている。彼がリリア、と呼んだその少女は、透き通るような美しい黒髪を揺らし、両手を振りながらこちらに駆けてきた。たぶん、歳はベイルくんと同じくらいだろう。眩しい笑顔は、再会を心の底から喜んでいるようだ。
「無事だったんだね、ベイル。本当に良かった! 私、心配で夜も眠れなかったんだから」
少女、リリアちゃんはベイルくんの前で立ち止まると、息を切らしながら、笑顔を見せる。
「もう、また私と約束って城から抜け出したんでしょ? 次やったら許さないからね?」
「ご、ごめん」
リリアちゃんは、かなりベイルくんと親しいようだ。
もしかしたら、幼馴染というやつかな?
それなのに、ベイルくんの方は何だか顔を引きつらせている。そんなベイルくんの表情は、幼馴染であろうリリアちゃんにとっても不自然なものだったのか、彼女はその場の空気を読み取ろうと、周囲に視線を巡らせた。
そして、彼女の視線は私で止まる。
たぶん、イレギュラーは私だけ、と判断したのだろう。
「こんにちは」
丁寧に頭を下げるリリアちゃん。
「どうもどうも」
私も深々と頭を下げるが、彼女は小声でベイルくんに尋ねるのだった。
「あの人、誰なの?」
「えっと、スイさんだよ。スイさんは、その……」
「スイさんは、ベイル様の恩人です」
動揺するベイルくんをフォローしたのは、もちろんレックスさんだ。
「今回の騒動で、ベイル様が荒野をさ迷っていたところ、こちらのスイさんが助けてくださったのです。無事にこの村でベイル様を確保できたのも、スイさんのおかげなんですよ、リリア様」
「そうなの?」
リリアちゃんがベイルくんに確認する。が、その視界の外でレックスさんが、物凄い目力によってベイルくんに何かを訴えていた。たぶん、あれは「余計なことを言うな」かな。
「そ、そうだよ」
レックスさんの意図を組んだベイルくんは、とてつもなくシンプルな言葉を返したところ……。
「ふーん」
と、リリアちゃんは納得したような素振りを見せた。が、その視線は再び私をロックオンする。
「スイさんは、荒野をお一人で歩かれていたのですか?」
「うん、まぁね」
「王都の外は霧が頻繁に出ると聞きます。平気だったのでしょうか?」
「それはもちろん大丈夫。だって私、せ――」
聖女だもん。
そう答えようとしたが、私の顔面を何かが貫いた。
いや、物理的なものではない。レックスさんの目力だ。
痛い。とにかく痛い。
目で殺されてしまいそうなほど、とてつもない目力だ!
そして、これはなに?
なんて答えるのが正解なの?
「せ?」
首を傾げて続きを促すリリアちゃん。えーいっ、正解はたぶんこれだ!
「せ、せ、煎餅をね、食べながら一人で歩いていたの。でも、ラッキーなことに、霧は出なかったから……」
レックスさんの目力が消える。ほっと一安心、と説明を再開する私だが……。
「そしたら、ベイルくんと――」
いたっ!
再び目力に貫かれている!
なんだ?
何があった??
あ、わかった。
「そしたら、ベイリール様と偶然出会いまして。私みたいなものが、お助けできたのです。ほんと、光栄なことで嬉しいですます。おほほっ」
やべぇ、パニックで変な感じになっちゃったけど……大丈夫か?
数秒、じっと私を見つめるリリアちゃん。こっちはこっちで目力が強い。そろそろ眉間に穴空きそうなんですけど……。
「そうですか」
からっとしたコメントと共に納得したような表情を見せるリリアちゃん。だが、それだけで終わらなかった。彼女はスカートの裾を摘まみ上げつつ、深々と頭を下げながら言うのである。
「私、リリア・ライオネスと申します。ベイリールを保護していただいたお礼を改めて言わせてください。どうも、ありがとうございました」
「ど、どういたしまして、です」
リリアちゃんが顔を上げ、上目遣いで私を見る。たぶん、気のせいなのだけれど、
その視線は攻撃的な何かを含んでいるように見えたのだった。
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