僕の一番はずっと君に
食事を終え、二人で食器を洗った。そのときも、彼女は無言だったが、別に僕が嫌で黙っているわけではない、と分かってしまうと、それほど気にならなくなった。
「じゃあ、僕は帰りますけど……」
「雨の中、ありがとうございました」
何かあったら、うちに来てくれ。そう言おうか迷ったが、雨の中、彼女を歩かせるのも良くない。だとしたら、僕がここに泊まるべきだろうか。
でも、スイの家で別の女の人と一緒に……って、絶対にダメだ。僕にはできない。なので、大人しく帰ることにした。
「まだ起きているみたいだ」
しかし、僕の部屋の窓から、スイの部屋は見える。灯りが見えるので、彼女まだ起きているらしい。夜中になっても、スイの部屋の灯りが消えるまで、僕は眠れずにいるのだった。
いつもより早く目が覚めて、僕は母さんと朝食の準備に取り掛かる。
「ナナオさんに朝食を持っていこうと思うけど」
なるべく、何気ない感じで言ったつもりだが、母さんは大袈裟に目を丸くした。
「あんた、まさか昨晩……」
「や、やめてよ。普通に話して、食事しただけって言っただろ」
「じゃあ、何で急に優しくするが? あんたはスイちゃんにしか優しくないって村の皆から言われていたくせに」
「そんなことないよ!」
いや、そんなこと言われてたの……?
「だったら、どういう気持ちの変化があったか言ってみい!」
「なんでも良いだろ! 父さんも何か言ってやってよ!」
「あんな置物みたいな人の意見はどうでもいいが!」
母さんに色々とうるさく言われてしまったが、何とか彼女の分の食事を確保して、ムラクモ家へ向かった。朝が弱いのか、目が開ききっておらず、パンを持ったまま眠ってしまうのでは、と何度も心配してしまった。
「あの、本当にお世話になりました」
無事食事を終え、ムラクモ家を出ると、彼女は頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。遠くまできてもらって、凄くありがたかったです」
役場へ向かう彼女を見送り、一仕事を終えたような気がして、ほっとしたような、少しだけ名残惜しいような、変な感じだった。でも、これでいいんだ。僕はまだ……。
畑の様子を見に聞こうかと思ったが、ヴェルトのことも気になったので、僕は例の洞窟へ向かった。
「ジョイさぁ」
ヴェルトは僕を見るなり、呆れ顔で物申すのだった。
「なんでナナオちゃんのこと帰しちゃうの? それでいいの? 割りと気になっていたんじゃないの??」
「きゅ、急に何だよ」
「何だよ、じゃないよ。こっちが何だよ、って言いたいんだから」
湖の上で浮かびながら、星の巫女は何だか不満げだ。
「別に関係ないだろ、ヴェルトには」
「そりゃ関係ないけどさ、友達が幸せになれるチャンスを蔑ろにしてたら、放っておけないでしょう」
友達って。星の巫女様と簡単に友達になっていいものなのか?
「でも、向こうだって僕である必要はないと思うし」
「そんなことないよ。ナナオちゃんの心、救ってあげられるのは、今のところはジョイしかいないと思うよ」
彼女の心を救う? 僕に何ができるのだろうか。
「それに、彼女もジョイともう少し一緒にいたいと思っていたよ」
「……」
「もし、信じられないなら、私がアクセスして本音を言わせちゃおうか?」
「そんなことしたら、もう本音じゃないよ!」
「なんで?」
ダメだ。星の巫女様は僕たちとは価値観が違う。しかし、ヴェルトはこんなことまで言うのだった。
「ジョイ、怒らないで聞いてほしいけど、スイちゃんはもう帰ってこないよ」
「……分かっているよ」
「でも、スイちゃんにとって帰る場所でありたいって、そう思っているでしょ?」
「……」
「ジョイには別の幸せがあるんだよ。それを追いかけたところで、誰も貴方を卑怯だって言ったりしない。当たり前のことなんだから」
「……僕はそんなことをする僕を許したくない。僕の一番は、いつだってスイのものなんだ」
「それはもう、スイちゃんに対する愛情ではないよ?」
「……」
僕は黙って、洞窟を出た。ヴェルトも僕を引き止めようとしなかった。僕の幸せは僕が決める。僕の愛情だって僕が……。
いや、そうじゃない。ヴェルトの言う通りだ。戻って謝ろうかと思ったが、そんな気にもなれず、僕はぼんやりと家の方に向かっていた。
「あ、畑に行くはずだったのに」
家の近くまで戻ってしまってから、それを思い出す。すぐに畑の方へ戻ろうと思ったが……。
「……何でいるんだ?」
家の前に、ナナオさんが立っていた。
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