ムラクモ家
ヴェルトが星の巫女?
そんなことを言われても、すぐに信じられるわけがなかった。そもそも、星の巫女がどうしてララバイ村のような田舎にいるのだ。こんな世界の果てみたいな場所に。いや、世界の果てにこそ、星の巫女がいるのだろうか。
「もう! そんなにたくさん質問されても答えられないよ!」
一方的に疑問を投げかけ続けてしまったせいか、ヴェルトは頬を膨らませた。
「ご、ごめん。じゃあ、一個ずつ!」
「嫌だ! ジョイが色々聞くから疲れちゃった。もう寝ます! 起こさないでね!」
そう言うと、今まで縦向きに浮いていたヴェルトが横向きになる。そして、水溜まりの上で浮いたまま、目を閉じてしまった。
「待って! もう少し話してくれないかな!?」
「嫌です。私、星の巫女なんだよ? 機嫌は損ねないこと!」
「分かったから! 分かったから話を続けよう!」
「もう、星の巫女の言うことを聞きなさいってば!」
「そ、そんなぁ」
そこから、ヴェルトは返事をしてくれなかった。何度声をかけても……。仕方なく、洞窟を出て家の方へ向かったが、既に辺りは真っ暗だった。夕飯の準備も手伝わないで、と母さんに怒られてしまうではないか。僕は慌てて走り出したが……。
「あれ? ムラクモのおじさんとおばさん、出かけているのかな?」
スイの家の前を通ったのだが、真っ暗で人の気配がない。村の人は、夕方になる前に畑仕事から帰るので、この時間は明かりを灯している家がほとんどなのに。気になったが、母さんに怒られたくはなかったので、まずは家に帰ることにした。
「ジョイ、女を待たせたら嫌われるのは、分かるか? 女を待たせるな。しかし、女のことは待ってやれ。分かるが?」
「はいはい……」
夕飯の手伝いに少し遅れてしまったせいで、母さんに説教されてしまったのだが、その内容はいつもと別の角度からだった。
「女は安心が欲しいんだ。旦那がなかなか帰ってこなかったら、どう思う?」
「うるさいなぁ! どうしてそんな話しになるんだよ」
「どうしても何も! あんた、そろそろ嫁をもらうかもしれねぇんだから、ちゃんと女の子との付き合い方を教えてやってんだが!」
「何度も言っているだろ。僕はそんなつもりはないって!」
「いつまでもスイちゃんスイちゃん言ってられないだろうが!」
「僕はスイの名前なんて出した覚えはないよ!」
「顔に書いてあるんだから仕方ねぇべ! スイちゃんスイちゃんって、大きく書いてあるが!!」
「…………!!」
何も言い返せなかったので、黙り込むことに決めた。夕飯が終わり、僕は気分が悪かったので、外に出ようとしたのだが、上着を羽織ったところで母さんに見付かってしまう。
「どこ行く?」
「外の空気を吸ってくる」
「明日は隣の村に行くからね? 小奇麗な服をこしらえないといけないんだから」
「行かないよ!」
母さんの怒鳴り声を遮るために、僕は扉を強めに締めるしかなかった。
外に出たものの、行き先なんてない。結局はいつもの役場の上か、と踵を返そうとしたところで、ふとムラクモ家のことが気になった。
「まだ帰っていない……」
夜になってしまったら、ララバイ村はもちろん、周辺に街灯なんてものはない。例え村を出たとしても、日が落ちる前に帰るのが普通なのだ。だとしたら、旅行に出たのだろうか。
「おかしいな」
失礼なことだとは思ったが、ムラクモ家の中を覗いてしまった。好きだった女の子の家を覗くなんて、何をしているのだろう、と恥じらう気持ちはあったが、好奇心と違和感が勝ってしまう。
「人が生活した空気がないじゃないか」
かかったカーテンの隙間から見える室内は、妙に片付いていた。生活感というものが感じられないのだ。
「いやいや! ジョイ、何を考えているんだ。本当にただの旅行かもしれないだろ」
しかし、僕は何かに取り憑かれたかのように、ムラクモ家の正面に回っていた。
「鍵、締まっているよな」
それでも、手をかけてみると、僕を誘っているのではないかと思うほど、いとも簡単にドアが開いてしまう。
「おばさーん、おじさーん、いますかー?」
念のため、声をかけてみるが、やはり誰もいない。こんなことして、何になるんだ。そう自分を宥めても、足が勝手に動き、ムラクモ家に侵入してしまうのだった。
スイの部屋は変わっていない。最後に僕が見たときと、少しも変わっていなかった。あとは、おじさんとおばさんの寝室も、特に変わった様子はない。
しかし、おじさんの書斎にそれはあった。
「底が二重になっている?」
おじさんの書斎にある机の一番下の引き出しに、仕掛けがあった。
「……日記帳、なのか?」
何だか嫌な予感がした。
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