彼女が去って、この村では
その日、テレビからスイのニュースが流れたのは、三回目だった。
「大聖女様の立案である、貧民街の支援はトランドスト王国の貧困率低下につながっている、と言われています。実際、三年前のトランドスト城の襲撃事件から、一度もテロリストの活動は見られず――」
フラッシュバックする、あの日のこと。
星空の下、彼女は……。
僕は思わず、チャンネルを変えてしまった。同じ空間にいる母さんに変な目で見られるかもしれない、と視界の隅で彼女が何をするか確認するが……テレビは見ていなかったらしい。
ほっと胸を撫でおろしたが……。
「それにしても、スイちゃんは大活躍だわねぇ。ララバイ村から出て行ったときは、まさかこんなことになるなんて、思いもしなかったが」
「うん」
できるだけ、関心がないような返事をしたつもりだったが、母さんはメガネを外すと、じっと僕の方を見てきた。気付かないふりをするが、母さんの目は誤魔化せない。
「それにしても、せっかくこの村には、あんたって言うドラクラがいるんだから、専属の聖女様だって居てもらわないと。何とかならんかね」
「別に今まで通り、隣村のフォグ・スイーパを呼べばいいじゃないか。村のすぐ近くで霧が出ることもないんだから」
「でもねぇ、あんたも独り身のままってわけにもいかないし、嫁になってくれる聖女にきてもらわんと。畑仕事もできる子なら、文句はないが」
「母さん、俺はまだ二十二だよ? 嫁の話しなんて早いよ。それに、今時こんな田舎に住みたがる女の子なんていないから……」
「あんた、田舎者のくせに都会的な考えするじゃないよ。田舎では二十歳過ぎたら結婚なんて普通なんだから。実際、あんたと同じくらいの年の子も、ほとんど結婚してるが? 不良のバッツはもちろん早かったし、真面目そうなジェフくんも今年中って話さ。それに、あのババスくんだって……」
「あーーー! もう、いいから!」
大声を出して話を切ろうとする僕だったが、母さんが黙ってくれたのは、ほんの数秒だけだった。
「あんた、やっぱり……まだスイちゃんのこと引きずってんのが?」
「誰がスイの話なんてしたんだよ!」
思わず、感情的になってしまう。しかし、母さんは至って冷静だ。冷静に突いてくる。
「今、私がしたんじゃない。それに、さっきニュースでも話してたが?」
いつも聞きなれているはずの、訛りが強い母の喋りが、僕の気持ちを逆撫でる。
「あんたね、男は初恋を引きずるもんって分かっているけど、いい加減な、前を見るもんよ」
「だから、別に引きずってないって……」
何とか気持ちを抑えようとするが、母さんは容赦してくれない。
「じゃあ、結婚のこともちゃんと考えるが?」
「……そんな相手、いるわけないだろ!」
僕は立ち上がると、上着を羽織って外に出ようとした。
「どこ行くんだが?」
「どこでもいいだろ!」
行くところなんて、一つしかない。一人になりたいときは、夜は無人の役場の屋上。よく、スイと一緒に夜空を見上げた、あの場所だ。
少し寒くなってきたせいか、いつも以上に星が綺麗に見える。都会では星が見えにくいと聞くが、スイはどんな夜空を見上げているのだろうか。それとも、もう星空なんて……。
――私は絶対に、こんな田舎から抜け出してやる!
スイがそう宣言し、村を出てから三年半という年月が過ぎた。最初の数ヶ月は、すぐに帰ってくるかもしれない、と待っていたのに。今では、テレビの中の人になってしまった。
普通に考えれば、もう関係のない人間だ、と考えるべきだろう。もちろん、そう考えるべきだと思っている。思っているはずなのに、僕は心のどこかで、彼女の帰りを待ったまま。
何だか、最後にスイと一緒に夜空を見上げたあの日から、ずっと僕の時計は止まったままみたいだ。皆は既に大人になろうとしているのに。
「……あれ?」
星空から、ふと地上の方に目を向けた瞬間だった。いつもなら、誰も歩いていない夜の田舎道を、誰かが歩いていた。
「スイ……じゃないよね」
そう、どこか彼女に似ていた。でも、暗闇の中、薄い緑色に発光していたので、普通ではないと固唾を飲む。役場の屋上から降りて、すぐに謎の人物を追うと、彼女は森の中へ消えて行った。
「なんだ、ここ……」
森の奥に、見知らぬ洞窟があった。小さい頃は、森の中でよく遊んだのに、こんな場所はなかったはず。そういえば、少し前に大きめの地震があったが、その影響で現れたのだろうか。
緑色の光が、洞窟の奥へ。崩れるかもしれない、という恐怖は確かにあったが、僕は母さんと言い合ったせいもあり、少し自暴自棄な気持ちで進んでしまうのだった。
「……君は、何者なの?」
奥へ進むと、僕より少し年上だろう女性が眠っていた。声をかけても、反応はない。そして、何よりも驚くべき点は、彼女が宙に浮かんでいること。
洞窟の奥は、広い水溜まりになっていた。澄み切った湖のように。そして、彼女はその中央で重力に逆らって浮遊し、安らかな表情で眠っていたのだ。
しかし、僕と問いかけが届いたのか、彼女はゆっくりと目を開く。
「……あれ?」
彼女は、スイによく似た黄金の瞳で僕を見て言うのだった。
「ジョイじゃないの。どうして、こんなところにいるの……?」
「そ、それは……」
驚きながら、僕はこう返した。
「それは、こっちのセリフなんだけど。君、そこで何しているの? って言うか、誰??」
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