求めていた言葉は既に
事情を知っていた大臣や騎士団長に、こっぴどく怒られた後、すぐにリリアのところへ行くように、と急かされた。
「あいつは怒ってなかったか?」
念のため確認するが、誰もが口をそろえて言う。
「そんなことはどうでもいいのです! すぐに王妃のところへ行ってください!!」
話しによると、リリアは中庭にいるらしかった。あの雰囲気では、やはり怒っているのではないか、と身がすくむ思いで中庭へ向かうのだが……。
「リリア……」
木漏れ日の中、どこか陰鬱な表情で座る彼女を見ると、思わず呟きが出た。そのせいで、心の準備ができる前に、リリアが俺に気付いてしまう。
「フレイル!」
彼女が立ち上がり、こちらに迫ってきた。
「す、すまない。逃げ出したとか、そういうわけじゃなくて……!!」
なんとか言い訳を探していると、彼女が俺の前で止まる。やはり怒らせてしまった、と恐る恐る彼女と顔を合わせると……。
「こんな大事なときに、どこ行ってたの? 心配してたんだから」
潤んだ瞳。そして、彼女が身を寄せてきた。
「ごめん……。でも、大事なときって、何かあったのか?」
「何があったなんてものじゃないよ」
彼女は体を少し話すと、俺の目を見て言うのだった。
「赤ちゃん、できた」
「……え?」
「私たちの赤ちゃん、ここにいるの」
彼女は自分のお腹に優しく手を置く。言葉を失う俺に、リリアは再び身を寄せてくる。
「ありがとう、フレイル」
なぜ、礼を言うんだ。
「貴方のおかげで、私……」
俺は何もしていない。
「私、この子のために頑張るから」
この子のため?
では、君は一度でも俺に振り向いてくれたことがあっただろうか。
「愛している。貴方を愛しているわ、フレイル」
嘘だ。信じられない。
ずっと、求めていた言葉のはずが。ずっと、待っていた温かさが。何もかも、信じられなかった。
「フレイル?」
いつまでも黙っている俺を見上げ、彼女は言葉を求めてくる。
「……ああ、嬉しいよ。ありがとう」
そして、震えを抑えて彼女を抱きしめると、くすぐったそうな笑い声が。
「そんなに嬉しいの? 震えちゃってさ」
「うん……。まさか、俺が親になるなんて、思ってもなかったから。驚いた」
「そうだよね。……私たち、幸せになれるよね?」
俺はただ彼女を抱き締める。だけど、返す言葉が何も出てこなかった。
愛していると言われた。
だけど、愛していると言えなかった。
幸せになれるか、と問われた。
だけど、幸せにすると答えられなかった。
頭の中に浮かんだアオの笑顔が、どこかに沈んでいく。暗く深い闇の中へ。沈んでいく。
そして、俺は気付いてしまった。
俺はずっと前から、もうリリアのことを愛していなかったのだ、と。彼女に向け続けた気持ちは、愛情ではなく、ただの苦い感情の残骸だけ。
それだけではない。俺はその気になれば、過去だって断ち切れると思い上がっていた。その気になれば、俺を認めてくれる誰かと……いや、アオと再会して、二人で一からやり直すこともできるかもしれない。そんな自分勝手な希望を隠し持っていたのだ。それなのに、一つの生命が俺を過去に、現実に繋ぎ止める。
「どこまでも、卑怯だ」
俺の呟きは、彼女に聞こえなかったらしい。初めて、彼女が強く俺を抱きしめる。もう逃げられないのだ。鎖がさらに一つ、俺の足に巻き付く。
そう思うと、何もかもが暗く閉ざされていくように感じられた。傍から見れば、すべてを手にした幸福な男に見えるかもしれない。だけど、実際は罪悪感と後悔に縛られ、卑屈な劣情を抱き続ける情けない男だ。
それを誰にも知られず、自分の中に隠し続ける人生が続く。それなのに、彼女は言うのだった。
「愛している。愛しているわ、フレイル」
それはずっと求めていたはずの言葉なのに、今となっては俺の呪いを黒く濃く塗り潰すだけのものでしかなかった。
―― 第2章 終 ――
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
長かった一章を読み終えてくださったのに、
さらにテイストの違う二章まで読み終えてくださった方には本当に感謝です。
「もう少し読んでみたい!」「黒幕はどうなったの?」など思っていただけたら
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三章はまた違った雰囲気の話になるかもしれませんが、
引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。
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