責任
兄さんとスイさんの死は、トランドスト王国の隅から隅まで伝わっただろう。当然のことだが、それくらい大きく報じられた。大正常化計画によって、職を失うことを案じたドラクによる犯行、ということになっているが……。
「あんたがやったんだろ?」
俺は極秘でやつの元へ駆け付け、問いただした。調査の結果、犯人は俺が騎士を動かした東の門から入り込んだと考えられている。が、やつは悪びれた様子もなく、薄く笑った。
「そう思うなら、ワシを捕らえればいい」
「認めた、ということだな?」
「認めても良い。が、お前の立場も危うくなる。いいのか?」
「関係ない! 我が身可愛さで、兄さんとスイさんを殺した邪悪を野放しにできるものか!」
剣を抜く、俺の覚悟を感じ取ったか、やつは低く唸った。思ったよりも、素直に観念したのかと思われたが、再びやつは不吉な笑みを浮かべる。
「お前、自分の立場を分かっていないようだな」
「……それは貴様だろう!」
やつは首を横に振る。
「そうではない。お前の父……国王は例の事件から肉体的にも精神的にも参っている。その上で愛する息子を失ったのだ。もう長くないだろうよ」
「王の死が目的か!」
俺の指摘を鼻で笑う。
「そうじゃない。事実を述べているだけだ。王が死んだらどうなる? 継ぐのはお前だけだ。ワシが捕らえられ、お前に兄殺しの疑惑が向けられれば、トランドストは崩壊する。トランドストの名のものと、職にありつき、生活を維持している人間がどれだけいるだろう。お前は、自らの責任を放棄するのか?」
トランドストが崩壊した先のことを、確かにイメージできたわけではない。だが、自分がそういう立場にあると指摘されると、身勝手なことはできないのだ、という意識が生まれてしまった。
「それに、ワシとしてもまだ約束を守っていないからな。ここで地下牢行きは困る」
「約束?」
「忘れたのか? リリアのことだ」
思わず、やつの言葉を待ってしまった。そんな俺の卑怯を読み取ったかのように、やつは嗤う。
「今すぐ、リリアのところへ行け。そうすれば、あの娘はお前の腕の中から離れることはない」
「……ふざけるな。俺は王子だ。色欲に負け、悪に屈するものか!」
「違う。お前は責任を果たすだけだ。王子としての責任、そして未来の夫としての責任を」
これが責任と言うものか。そう否定するつもりが、やつは既に俺の弱いところを完全に理解していた。
「今のリリアがどんな気持ちか考えてみろ。すぐにでも心は壊れてしまいそうだ。それを守れるとしたら、誰だ? お前だけだろう。生まれてから、ずっと隣にいて、あの女を想い続けてきたお前だけだ」
さらに、やつは続ける。
「ここで、お前が失墜し、国を追われるようなようなことがあれば、どうなる? お前がベイリール殺しに関わっていると知ったら?」
ここにくるまで、ただ怒りに身を任せていたが、手の震えに初めて気づいた。
「もう一度言う。お前は責任を果たせばいい。王として、夫としての」
剣を収める俺を見て、やつは頷いた。
「ワシの願いも、忘れてくれるなよ」
俺はすぐさまリリアのもとへ向かった。もう何も考えられなかった。ただ、リリアに会って、彼女を感じたかった。
「フレイル!」
やつの言った通り、彼女は俺の腕の中から離れることなく、ただ涙を流した。
「お願い、フレイル。貴方だけは私の傍から離れないで。お願い。お願いだから」
それから、三年後。俺とリリアは正式に結婚した。ただ、父上は心身の疲労が祟り、旅立つことになった。
やつも死んだ。
老衰で何事もなかったかのように、あっけなく。
そして、俺が父上の後を継ぎ王に。傍から見れば、不幸と引き換えに、すべてを手に入れたように見えるだろう。しかし……。
「本当にいいの?」
体を重ねる瞬間、リリアは俺を受け入れながらも、必ず涙を流した。兄さんのことを思い出して。そして、好きでもない男を受け入れる自分を惨めに思って。
いつまでこんな日々が続くのだろう、と逃げ出したのは、罪悪感だけが原因ではない。どうしたって、何をしたって、彼女が心の底から俺を受け入れてくれることはない。そんな決定してしまった未来から、少しでも目を逸らしたかったのだ。
だけど、すべては遅い。遅すぎる。
兄さんもスイさんも死んだ。リリアは悲しみの底に落ち、心を開くことはない。
俺は、すべてを失ってしまったのだ。




